Nowhere

今を転換点にしたいという思いがあり
たぶん今じゃなければもう無理なんじゃないかという気がしていて
ただ気がしているからといって、今出来るかどうかは
自分のやり方にかかっているわけですが
それが
やっとできるという思いより、どこへ行くのかわからない恐怖のほうが強く
なんて情けねぇんだとか
ほんとにそんなことしていいのかよ、とか
恐怖不安馬鹿げてるんじゃないか
そんなことばかり思う

もしだめだったら死ぬしかないし、怖いとか言っても意味ねーわ
と前は思ってたんだが

答えはいまわからないすべてわからない

まあでもどっちにしろ死ぬしな。いつ死ぬかの問題であってそれはいつかわからない。

明日(明けて今日)は楽しみにしてきたイベントがありますから明日死んだら困るんだが、明日生きてても今週死ぬかもしれないし
なんでやってみなかったんだろう、と思いたくないですねやっぱ。

どんだけ馬鹿げたことだろうと、自分はそれを大切だと思ってることに変わりはないわけで、死ぬ時には自分しかないわけですから、この社会不適合者がと言われてもやらないと、死ぬ時に最低な気分になるでしょう

物語は結末から考えたほうがいいのと同じで、自分の人生も結末から予想して考えればいいのではないか

自分が死ぬってそんなオオゴトではないですよほんと。死ぬとなったらあっさり死んでしまうと思いますよ。むしろあっさりだったら幸運で、苦しんで死ぬかもしれない!

だから常に結末を意識して、なにが大切なのかわかるようにしてやるぜ。

なんでやらなかったんだろう、これが一番いやですからねほんと。

投稿者: Ugo

Posting my original novel. Eager for the world of other sun.

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