First Day Inside Someone Else ch.10

誰かの中の1日目

西村 烏合

 

chapter 10

ぎくしゃくと歩きながらフィズとクレオのところへ向かっているセスの姿を、アレックスは目で追った。少し予想外な展開にはなったな。アレックスは思った。喜んでいるようだからいいが。
「人工生命体と有機体との恋は、いつ見ても美しい」
 アレックスの座っているテーブルに、見知らぬPLFがやってきて隣に座った。
「彼はヒューマノイドでしょ」
 冷たい青色の瞳がアレックスを捉えた。左側にまとめて下ろした、赤味がかったこげ茶色の髪が、白いスーツのジャケットに映えている。ジャケットやスラックスの裾は体のラインを出すような作りではなく、美しいシルエットは禁欲的に生み出されていて、それが聖職者のようにも見える。
「マナー違反のことを言ってるなら、今日は見逃してくれ」アレックスは答えた。「人格移植が済めば解決する」
「その前に死ぬかもしれないけどね」驚くほど穏やかな笑顔でそのPLFは言った。
「それはわかってる」
 本人も、そして自分も。セスはまたフィズに攻撃されているのか、ずいぶん慌てている。遠くからでもそれがわかった。
「私は有機体よ」
 アレックスは正体不明の人物のほうへ視線と意識を戻した。
「全宇宙の有機体の中で、最も長い時間をVASで過ごしてるのは自分だと自負してる。ここの方が落ち着くしね。いろんな、ラムたちが居る。避難所、安息の場所、家のような場所。私は淋しがり屋だから、ここが好きなの」
 話がついたのか、カフェのテーブルにアレックスを見つけたセスがこっちへやって来た。
「もうすぐIDが届く時間だ、セス」アレックスは言った。興味深そうにセスを観察している自称有機体の人物から一度も目を離さずに。
「こんにちは」自称有機体の人物が言う。
「え?あ、どうも。アレックスの知り合い?」
「いや。知らない」VASに単独で接続してくるヒューマノイドは、たいていはハッカーかMLD所属者だ。だがVASを構築する場合は最低一人の専門技能を持ったラムが構築の責任を負い、セキュリティも担当する。宇宙のネットワークに入り込んでいるハッカーの能力は侮れない。だが専門技能を持つラムは、ハッカーになり得る技能を持った技術者を100人でもサポートすることが出来るよう、あらゆる知識を詰め込まれている。そう簡単に防御を破られたりはしない。確かな情報はほとんどないが、もしこの人物が本当にヒューマノイドなら一般人ではない。
「悪いが、急いでるんだ」アレックスは席を立った。
「彼に興味があるの」
 セスは困惑しているが、アレックスはその背中に手を回して歩くことを促した。
「人格移植したいなら出来るわ。転写がうまくいくかどうかは残念ながらいまだに不確定要素だけど。それ以外の設備と技術は完璧よ。私より優秀な人はそう見つからないと思うけどね」
 自称有機体の人物も席から立ち、なかば強引にセスと握手をした。
 その人物はミスター・フリントと名乗った。

 

「ミスター・フリントなんて奴は聞いたことないな。ミスター・フリントなんていう人物の話の断片も知らないし、いま調べても見つからない」
フィズが正体不明のヒューマノイドを見下ろして言った。
ターミナルが終わって人の少なくなったカフェスペースで、アレックスとセスは、フィズやリジルたちと得体の知れない人物を取り囲んだ。少しでもおかしな動きをすれば、クレオが招かれざる客人をこの空間から消し去る。
「みんな知らないかもしれないから言っておくけど、人格移植は違法なの。そんな堂々と知られてたらまずいような気がするけど」
「人格移植を以前にも行ってるなら、どこかに、どうやってやったのか、やったのが誰だったのか、噂程度でも残るはずだ」リジルが言う。リジルは見た目は30代前半だが、パイロットプログラムとして引き継がれ、その運用期間は長期に渡っている。脱走こそしていないが、PLFに関する情報量は多い。
「私は噂程度でも、少しの漏洩も許したくない性格だから」
「だがこれで相当数に知られたな。お前の存在自体は」パイロットは真っ直ぐな瞳で部外者を見下ろした。
「だからひどく不快だわ。ありがとう。でも人格移植には人生のほとんどを費やしてるの。研究のチャンスは、逃したくないから。時に物事は残酷なほど簡単に、手から滑り落ちていく。一瞬で」
 冷たい青色の眼差しは鋭かった。リジルの方もまったく動じていないが、ミスター・フリントの笑みは、明らかに劣勢の状況でも微動だにしない。
「あなたもそれを防ぎたいから頑張ってるんじゃないの?その訓練生が削除されないように」
 ミスター・フリントはパイロットプログラムたちを見た。リジルはそれでも、固い表情を崩さなかった。ディドも、師匠と同じように、恐怖を見せることはない。VASを超えて、元居た場所からPLFたちの情報を引き出すのは容易なことではないとしても。
「セスを実験材料にするつもりか?設備と技術は完璧だと言ったのは嘘か」アレックスが割って入った。
「あなたたちは何でも一言一句違わずに覚えているからすばらしいわよね。言ったことは嘘じゃない。でも実地データが明らかに足りてないということ。どれだけ技術を高めても、検証できなかったらどうしようもない。データは足りてないだけで、成功例はある。そのなかで失敗したのは私のせいじゃない。僅かしかないサンプルデータはもう調べつくした。私の過失じゃなかったことはわかってる。未だ解明されていない部分の問題よ。人格移植の根本にある、未知領域の不確定要素が失敗となって表れただけ」
 PLFたちは顔を見合わせた。アレックスも。セスも。
「なにか証拠があれば出してくれよ」セスは慎重な表情で言った。「あんたがちゃんとした人格移植のプロだっていう。99%の成功率なんて無いのはわかってる。本当の技術があるなら、実地データの足しにしてもらっても構わないけどね」
 ミスター・フリントは優しげにセスに笑いかけると、VASのコントロールを表示”してもいいか”とクレオに尋ねた。
「コントロールは私が表示するわ。何をするのか言ってくれれば」
 警戒した様子のクレオは「呼び出し要求をしたいだけ」という答えを得て、呼び出し要求用の操作パネルを表示させた。ミスター・フリントはそれを使って、誰かに要求を出して召喚した。
 空間が光って、像がいきなりその場に現れる。
「―――ないか?私は機械になったわけじゃないんだ。1秒以内に計算問題を解いたりしないし、毎日2万字書けるようになったりしない」
 その場に現れた40代半ばの人物は、ポカンとしてあたりを見回した。
「ここはどこだ」見回して、唯一見知ったイメージを見つける。「ミスター・フリント?」
「これがVASです。サーズデイさん。どうですか?彼らはみんなラムですよ、ああ、そこの青い髪の青年を除けば」
 現れたのはPLFではなく、ロバート・サーズデイだった。人格移植を行うといって行方不明になり、ニュースになっていたSF小説家。
「彼の人格移植をしたのは私よ。これでどう?この通り生きてるわ」
「生きてるが、具合が悪くなってきた」
 本人の言葉だけでなく、ロバート・サーズデイの像は危なっかし気に明滅して乱れた。
「無線接続だからあまり安定してないみたい。やっぱりリアルタイムスキャンでつなぐのは、少し無理があるわね」
 有機体がヴァーチャル・ウォークに入る時は脳波スキャンを行っているが、電子頭脳に対してスキャンをする技術なんて、セスもPLFたちも誰も知らなかった。それに突然、意思に反して呼び出されたところを見ると、ヘッドセット等の装置はなにも使ってないらしい。
「なんで急にこんな事をしたんだ」
「申し訳なかったわ。今度からは事前に聞くと約束します」
「吐きそうだ。出来ないのはわかってる、でもそう思うと余計に気分が…」
 倒れそうになったサーズデイを、アレックスがなんとか受け止めて椅子に座らせた。



chapter 11 へつづく

投稿者: Ugo

Posting my original novel. Eager for the world of other sun.