First Day Inside Someone Else ch.4

誰かの中の1日目

西村 烏合

 

chapter 4

ムンタザの青々とした芝生が風を受けて揺れている。リラックスした人々が気持ちよく伸びをする姿が見える。そんな中で思案顔をしているのは自分だけかもしれない。アレックスはそう思った。しかし、ここでは誰も他人のことなど気にしていない。一面の緑の芝生と適温に調整された心地よい温度に、外の気候など忘れて全員無防備になっている。風が吹き抜けても、この空間だけは暖かい。寝転んだまま起き上がれないのではないかと思われる腹が小さな丘のように点在していたり、今にも折れそうなほど痩せた青白い体が虚しい期待とともに日光にさらされていたり、全体の景色は、美しい存在が憩う楽園とはいかない。しかし休むことを知らないキャラバン・プラネットでは、ムンタザは貴重な休息場所と言えた。
 セスは昨日の夜から帰って来ていない。一人の時間が欲しいと言って出て行ってから。

 自分にはそんなことはなかったからわからないだけで、そういう時間が要るのはおかしくはないのかもしれない。だが総合的判断としては、やはり良い将来性は感じなかった。
 もしセスが戻って来なくても、アレックスは元の生活に戻るだけだ。弟子としては問題があっても、人間の人格と行動に関する一モデルとしては興味深かった。人を殺そうとしていながら、あのハポ人の人格はそれに適しているとはいえない。
 適していないともいえない。悪とみなしたものに対しては全く同情しない傾向がある。この不安定な道徳観、慈悲と無慈悲の境界は、アレックスには理解するのが難しい部分だ。もっと判断材料が要る。それを得るために、足手まといとリスク発生源になる狩りの従者の面倒を見るのは、効率と、得られる知識という利益に照らしてどうなのか。良し悪しの判断はつけ難かった。
 アレックスのハンディが着信した。
 透き通った水が涼しげな音を立てている泉を通り過ぎて、メッセージに表示されたとおりの場所、南側にあるサウナルームへ通じるゲートから建物の薄暗い内部に入ると、見慣れた白い髪が見えた。暗がりのなかに転がった綿毛のように。
 セスは通路に座り込み、血がにじんでいる額をおさえていた。その顔は傷だらけだった。
「アレックス、説明は、もうちょっと意識がはっきりしたらするよ」

 

「ああ、もう、勘弁してくれよ!久々に呼び出したと思ったらまたこれか。薄汚いホテルの”ルームサービス”用生成装置は売春宿の次に嫌いだ」そう言ってルームコントロールパネルで何かを調べる。「ヴァーチャルネストだと?こんな三流ソフト、性サービス用のより少しマシってだけだ。私のプログラムに風呂上りの後の髪型とか、性的興奮のムードとか、そんな余計なもんがくっついてきたら後で賠償請求するからな」
 ムンタザの近くの安宿の部屋に投影されたPLFは、一通りの文句を言い終えてアレックスを睨みつけようとした。直後、自分がなにも着ていないことに気付き、呆れて爆発的な怒りのエネルギーを失った。
 セスは血塗れの顔で、服装データが読み込まれていないPLFを横目で見ていた。そのPLFの身体イメージはなんらかの性別に属する特徴がなく、中性のマネキンのようだ。
「ふざけるな、これで宿泊施設用なんてよく…」
 文句を言いながらルームコントロールパネルを操作すると、トラフィッカー通りの商人のような服装が読み込まれた。胸元が大きく開いたシャツと細身のズボンの上に、床に届くほどのガウンのような服を羽織った格好。その上着は前が開いた状態で、歩くたびに大きく前後に揺れるが、袖の部分だけがフィットするように細くなっていて、当人のやや過剰な仕草をそれ以上強調するようなことはない。
 「おまえが怒ることはわかってた。だが緊急なんだ」アレックスは静かに言った。
「緊急じゃない時なんてないだろ。余裕があるときには修理人を口説いてまわるだけだからな、おまえは。それで私にはいつもこれだ」
 ズボンのポケットに片手を突っ込み、データの中に格納されてしまいたいといった顔で部屋の隅でうなだれるPLFに、患者を診てくれとアレックスは促した。PLFはやる気のない顔でベッドのほうを見た。
「中に入ってるのは誰だ?」
 大袈裟な素振りで手を広げて見せてから―――いくつもはめられた指輪が薄暗い部屋の中でもうるさいほど光った―――無遠慮にセスの首に触れると、PLF用のポートを探した。
「彼はセス。ハポ人だ。昔の記憶にアクセスして、ヒューマノイド用の治療を行ってくれ。病院には行けない。IDの事で問題がある。修理人に有機体は治療できない。だからお前にしか頼めないんだ、フィズ。礼はちゃんとする」
 フィズは、ポートなどあるはずもない目の前の有機体の首からぎこちなく手を離した。
「本気かよ」
「セスだ」呆気にとられているPLFに、セスは手を差し出した。もう片方の手は痛む頭を押さえている。
「怒らせて悪いけど、治してもらえたら助かる」
 フィズは握手に応じてから、さっきよりはいくらかマシな顔になった。
「私はフィズだ」仕切り直した態度をはっきり示す。それはヒューマノイドという言葉に対し壁を築いたような様子だったが、全員が様々な原因で気まずい気持ちなのは同じだった。セスは気にしないことにした。
「私がヒューマノイドを治療してたのは随分前のことだ。自分でやりたくて始めたわけじゃない。生まれた時からいきなりやらされてた。だからもうやりたくなくてやめたんだよ。生粋の欠陥品でね。それからAB専門でやってる」
「武器の販売もだろ」アレックスから無表情の横やりが入る。
「緊急時だけ私を呼び出して、あとの細かい部分は物理的なすばらしい手を持つ修理人にやってもらおう、って失礼な奴が多いせいで稼げなくてな。しょうがなくだ」
「フィズはヒューマノイドを苦しめる武器を売るのが好きなんだ。医療知識をそういう武器の選定にだけ使うのはもったいないだろ」
 フィズが両手を振ると、その指にあった指輪がすべて消えた。
「黙ってろアレックス。部屋を出て行け。治療の時間だ」
 治療にはアレックスが思ったよりも時間がかかった。30年前は立派な天然素材で出来た見栄えのよいカーペットだったかもしれないボロ布を見下ろしながら、アレックスは廊下に流れる安っぽい音楽の繰り返しに飽き飽きしてきていた。
 フィズはヒューマノイドが嫌いだが、治療以外のことはしないだろう。その場を誤魔化すために自分を呼び出すPLFが減って困っていると言っていたが、この前もそんなことを言っていた。事実なら、治療代金は欲しいはずだ。それとも武器商人稼業がうまくいって、金の心配はなくなっただろうか。それならとっくに自分用のABを手に入れて、呼びかけにすら応答しないだろう。すべて推測だが。
「フィズ」
 ドアに向かって呼びかける。なんの音もしない。アレックスはカードキーでドアを開けた。
 その瞬間フィズがやってきて内側へ開くドアを自分の体でおさえた。そのせいで部屋の中がほとんど見えなかった。
「勝手に入らないでもらえるか?もうすぐ終わる」
「セスが死んだりしてないだろうな。一応聞くが」
「生きてるよ」ハポ人の声だけが部屋の奥から聞こえた。
 ドアが閉まり、5分ほど過ぎてから、再び開いた。セスは無事で、頭に保護材が巻かれていた。
「額の皮膚が切れてたとこは見た目はひどかったが深刻なダメージはない。縫合しておいた。骨も無事だ。衝撃があった直後は脳震盪を起こしたと思うが、薬の名前をハンディに送っておいたからそれを飲んでおけば大丈夫だ」確認するアレックスの横でフィズは続けた。「全身の筋肉にダメージがあるが、あらかた治した。24時間は保護材を外さないようにして、あとは安静にしてれば良くなる」
 アレックスが代金を支払おうとすると、フィズは拒否して「支払い済みだ」とハポ人の方を見た。
「治療ありがとう」保護材をさすりながらセスは言った。
「あんまり触るなよ。じゃあな、セス。いつでも呼んでくれ」
 フィズは、セスに呼び出しコードが刻印されたキーを渡した。それからアレックスが尋ねる間もなく格納シークエンスを始める。
「メロウエスケープ・ホテルには一度行ってみたかったのに。それを知りながら三流宿に呼び出したことは印象が悪いぞアレックス」
「言っただろ、緊急事態だ」
「旧市場街でこれから武器を売りに行くから、後で寄れよ」
 一方的にそう言い残すと、フィズはデータの海の中へ格納された。
「あいつと契約したのか」投影機の使用記録を削除しながら、アレックスは言った。会話しながら、ベッドの上に放り出されているセスのハンディを見ると、報酬として渡した金額が大幅に減っていた。フィズはこんな悪徳な奴だっただろうか。 「もう怪我しないって自信はないから。念のためだ」
 寒々しい白色の間接照明の中でベッドに座りながらそう言うセスを、アレックスは見下ろした。一人きりで座らせたままにして。
「まあフィズのことはいい。なにがあったか教えてくれ。さっきよりは意識がはっきりしただろ」
 セスの手が、頭の保護材を神経質になでた。こびりついていた血もきれいに拭われて、髪がぼさぼさなこと以外は特に問題はないのだろうが、この粗末な部屋の中では誰であろうとも死ぬ寸前のように見える。
 消耗しきった顔で、ハポ人はアレックスの顔を見上げた。
「僕は犯罪者だ。それは理解してる。でも”ついで”でいいんだ、こんな世界に足を踏み入れても、ついでに、ターゲットでもないし罪もないような人を少しでも助けられるならそうしたい。ぼくの中では全部矛盾しない行動だ。それはつまり、全部自分のためだからだ。偽善じゃない、ただの自分本位。ああいった状況で少しでも手を貸せることがあれば貸す。それで、自分の頭の中でバランスが取れる。ぼくは犯罪者だけど、殺人鬼じゃない、そう思える気がする。それだけだ」
 無感情に見える眼差しに耐えられなくなったのか、疲れすぎているだけか、セスはうつむいた。
「人を殺すことが楽しいわけじゃないって事を、はっきりさせたいんだ。自分に対して。変な話だけど。誰でも殺したいわけじゃないんだ、って……」
 アレックスはこの会話を重要なメモリーの中に分類して保護しておこうと思った。無表情でそう考えながら、淡々と質問を続けた。
「その結論がどうこの怪我につながる?」
 セスはジャケットから銃を一つ取り出した。ヒューマノイド用のハンドガンだった。実用一辺倒で改造もなにもない。大量に流通している安物。だがセスが持っていたものとは違う。
「ターゲットじゃなかったカプスルーラの奴。路地で、衝撃銃で気絶させただけの。あいつが病院に向かってた。救急車で運ばれたあのヒューマノイドたちの病室に入ったんだ」
 ハンドガンをベッドに置いたセスは、小さな物体をサイドテーブルの上に放った。あの小さなトランスミッターだった。青い血が付着している。
「あいつにつけたのか。じゃあ、あの時から殺すつもりだったわけだな」
「明らかに危なかったじゃないか?一緒に排除しないなんて。でも病院に近づかなければそのまま無視してた。でも、あいつは自分の商品を取り戻しに行った。だから、殺したんだ」
「殺されかけながらか」
 アレックスはベッドのそばにしゃがみこむと、片手でセスの服の襟を掴んだ。 「病院の中で殺したのか?そんなことをして、誰にも見つからないと思うのか。目的に集中しろと言っただろ。中途半端なことはするなとも言った」
「中途半端に、助けたつもりになるのをやめただけだ。今度からはその場でやる。ターゲットじゃなくても、何かの脅威になるなら。あの時はあんたが許さないだろうと思ったから出来なかっただけだ。その場でやってれば危険はなかった」
「ターゲットだけを殺すのが、面倒事を起こさない最善の選択だ。顔を見られていて何か危険があれば、ターゲット以外も―――仲間でもボスでもなんでもいいが―――殺す。だがあの二人は何が起こったかもわからなかったはずだ」
「売られそうになってたヒューマノイドの二人は、何が起こったかわかってなかったよ。ここがどこかもわかってなかった。何もわからないまま自由を奪われたんだ。だから病院から逃がした。金も少しは渡した。歩けるレベルにはなってたから…」
 アレックスは襟から手を放した。
 部屋に備え付けられたモニターでつけっぱなしになっていたテレビが、しきりにナイトクラブの宣伝をしていた。星雲を感じるダンスフロア。目にしたことのない世界。キャラバン・プラネット115。
 映し出される宇宙の映像と色とりどりの星雲が、セスの顔に色彩を投げかけていた。
「なぜ、見ず知らずのヒューマノイドのために、見ず知らずの、ターゲットでもないヒューマノイドを殺すんだ。どっちもお前を助けてくれたわけでも、傷つけたわけでもない。そこまでしてなんの得がある。むしろ身を危険にさらしただけだ」 「言っただろ、それが自分をただの犯罪者のままにしておく方法なんだ」セスは銃を握りしめた。「人を撃ったらどんな感じなのか教えてくれって言ったよな。なにも感じなかった。明らかに、悪党だってわかってたからかもしれない。病院でカプスルーラの片割れに二発目を撃ったときもそうだった。一発目は足にあたって、反撃された。だから二発目を撃った。その時も、なにも感じなかった。なんとなく思った。この仕事は自分に向いてる。あと10人でも100人でも余裕で殺せそうだった。こんな悪党だったら。人の自由を奪うような奴らだったら。なにも感じない。でも病室のベッドの上の二人が無事でよかったと思った。それは感じた」

 

安宿を出てゴミ箱にカプスルーラの銃を捨ててから、アレックスはセスを連れてデソルモクに向かった。
セスは数時間眠って、少しは回復していた。寝ている間に買ってきておいた薬も飲んだから体調は大丈夫なはずだ。だが口数は少ない。
「寒いのか?悪化すると困るから具合が悪いなら言えよ」
 ここのキャラバン・プラネットは通年で見れば比較的過ごしやすい気候な方だが、たぶん人間かそれに近い種族には毎日少し暑いくらいなはずだ。今日は、普段よりさらに暑い。だがセスは黒いパーカーをしっかり着込んでいた。
「大丈夫だよ」セスは答えた。
 そういえばこのパーカーを着ていない時がない。ハポ人にはこの暑さでは不足なのだろうか。故郷の惑星は寒冷地なのに?だが会話はとっくに打ち切られてしまっていた。それでも人並みを縫うアレックスにぴったりとくっついて歩いてくるので、二人は無言のまま歩き続けた。中心街の喧騒が、たった二人きりのハポ人と表面上のアンドロイドの沈黙など消し去っていた。だが目的地に近づくにつれて、静けさの方が周囲の支配権を握り始めた。人々と車と機械の混沌とした混成音は、くすんだ色の凋落した街路に遮られ、遠く響くだけになっていた。
「こんなとこに来てどうするんだ」
 音響効果だけはやたらと良い道に、セスの声が反響した。すれ違う人も、目を留めるものも何一つ見つけられないまま、ハポ人はあたりを見回した。ただ似たような黄土色のパターンを無限に繰り返す景色を。
「おまえに銃を買ってやる。フィズの所で。他所へ行ったら必ずうるさく言われるだろうからな」
 ハポ人は急に駆けてきて、アレックスの隣に並んだ。アレックスは擦り傷のついた手が遠慮がちに自分の左の腕に触れ、気まずく離れるのを感じながら黙っていた。
「本気で?嘘じゃないと思うけど嘘じゃないよな」
「いまは何も嘘をつく必要はない」
 アレックスは立ち止まった。
「その代わり、ちゃんとおれの言う事を聞け。お前は自由に行動しすぎる。危険だからやめろと言ったらやめろ。それか一人でやるかだ」
 銃は、自分とこのハポ人の関係をはっきりさせるための道具だ。このハポ人を人間の一モデルとして参考にしているが、今のところ謎は深まるだけだ。だが、だからこそこのまま、理解できないままで放り出すことは今までの事を無駄にする行為だ。人格データ―――それかABの中に居る今なら頭―――を破壊されない限り半永久的に生きられるのだから、明らかに無意味でないかぎりは、時間の無駄だという考えは馬鹿げている。リスク発生源という問題は解決していないが。
 それにはたとえ一時的でもパートナーとして、意思疎通は出来なければだめだ。その意思がなければ、ここで終わりにするしかない。誰の得にもならない結末ではあるが。
 考えを秘めたアレックスの視線を受けてセスは頷いた。アレックスを、あるいは自分を納得させるように。
「わかった」
 アレックスはその言葉を受け取った。この程度で、このハポ人の妙な行動に変化が見られるなどと信じるつもりはない。拒否されるかもしれないとも思っていたせいで、わかった、という言葉には多少驚きもあったが、アレックスは言おうと思っていたことをすべて口にした。
「お前がどうしてもそうしたいなら、可能な限りは周囲の人間を助けてもいい。自分でやるかぎりは。おれは最低限のことしか補助しない。だが、誰かを救うためにターゲットを狙ってるわけじゃないことは、常に忘れるな。おれたちはスーパーヒーローじゃないんだ。助けられない時もある。いいな」
 アレックスは言い終えて、瞬間、ひるんだ。セスが自分に抱き付いてくるかと思ったせいだった。だがそうはならなかった。
 ほっとしたような、嬉しそうな笑顔があるだけだった。
「ありがとうアレックス。師匠の言う事をちゃんと聞くよ」
 軽く頷くだけでそれに答えると、アレックスは再び歩き出した。セスは喜んでその後からついてきた。
 キャラバン・プラネット115の旧市場街に訪れる者は、今はほとんどいない。デソルモクという名前が話題に出るだけで誰も行こうとはしない。ここでは中心地区から追い出された商人や、危険すぎて取り扱うのを避けられるような品物を持った奴らが潜り込んでいる。所詮無法地帯の商人はすべて同じようなものだ。だがトラブルや危険を抱えている奴らとは誰もが距離を取る。道連れに自分の罪にまで注目されたくはない。
 場所自体は最初の旅人の時代から使われていたエリアらしいが、誰もそれをダシにした観光スポットを作る気を起こさない有様。中心地区の方にある記念広場だけで間に合っているらしい。
 静けさの中を歩き続けると、かすかに音が聞こえてくる。同じ色の似たような景色の迷宮の向こうに聞こえてくる人の話し声。近づいていくと、デソルモクの占拠者が密集している場所に辿り着く。
 中心地区のように華やかな活気は微塵もないが、この地区に入って初めて生気を感じられる場所だった。50メートルほどの僅かな距離に連なったスペースは店と住居を兼ねているというより、その二つが台風で全ていっしょくたにされたような感じだった。それに商品を置いている台も、寝床も、簡易的ですぐ移動できるものばかりだ。追い立てられたときにすぐ逃げられるように。
 地図に場所を記憶させ、三日後にまたここに来ても、もぬけの殻かもしれない。こういった店のかたまりがデソルモクのあちこちに散らばっている。不法占拠者をすべて追い出そうとしても無理だろう。
 フィズは消えかかった文字で大きく受付所と書いてある建物の中で、マスクで顔を覆った客に、自分の武器がどれほどのダメージをもたらすことが出来るかを熱心に説明していた。
 あいつも一時的とはいえよくこんなところで店を開く気になるものだ。アレックスは思った。ここに潜り込むのは難しいことじゃないが、やろうと思えば中心地区でも出来るはずだ。だが、最近取り揃えている武器がどんどん凶悪化しているように思う。
「ほとんどすべてのヒューマノイドに一定の苦痛を味わわせることが出来ます。保証しますよ。惑星間連盟既知種族表のヒューマノイドのカテゴリにあるものの中なら、医学的にすべて比較検討してありますから。除外リストは10種族以内。ほんの短いリストです。ああでも、ヒューマノイド形態を取ることが出来るエネルギー体は別ですよ。一応言っておきますが」
 仕草からして悩んでいる客の様子を窺っていたフィズの視線が、見知った顔を発見した。
「ああ!丁度よかった。彼はこの銃のユーザーなんです。使用して満足していただけましたよね。彼は腕のいい賞金稼ぎなんですよ。あの銃が見えるでしょ?」
 そう言って転送マーカー用の銃を指さす。フィズが表情だけで圧力をかけているのがアレックスにもわかった。あらゆる外見的表現が自由な投影状態のフィズに対して、いくら精巧でもABで対抗するのは分が悪かった。それにアレックスはもともとそういう表現が苦手だ。
「即死させない銃が必要だったんで以前購入した」アレックスは言った。そう、その調子だ、という表情が精密に投影の中に浮かぶ。「相手と、すこし話す必要があったからな。だが苦しみすぎていて話どころじゃなかった。おれにとっては使えない代物だったよ。だが苦しませるだけならいいだろうな」
 アレックスがそう言うと、マスクの客は何かうなずきながら、一つ買うことにしたようだった。
「まあメロウエスケープに呼ばなかったことは許してやろう。結果、売れたからな。それで、さらに自分でも武器を買ってくれるのか?」
 マスクの客との取引を終えてからフィズはそう言って、そそくさと武器を手に取ってアレックスに見せた。
「今度はちゃんと話ができるやつがいいなら、丁度いいのがあるぞ。与える痛みを段階的に調整できるからオススメだ。死の直前の苦痛って段階があるのが面白いだろ。種族によってはこれで死ぬこともあるから気をつけたほうがいいんだが…」
「セスの銃を買いに来た」アレックスは差し出されていた残酷な銃を、台の上に戻しながら言った。
「ああそう」言いながらアレックスの手から商品を穏やかに奪い返し、セスの方を向く。「具合はどうだ?」
「だいぶ良くなった。ありがとう」
「これとかどうだ?超強力なやつだ。拷問並みだから一発で効果抜群だぞ」
 こんなことばかり言っているPLFに呆れて、結んだばかりの契約を解除しないのだろうかと思ったが、セスはなぜか可笑しそうだった。
「呆れすぎて笑ってるのか?」アレックスは聞いた。
「いや、こんなラムを見たのは初めてだから。面白いなと思って。こんなアンディもだけど」
 フィズはアレックスと視線を交わした。拷問銃を眺めているセスは気付いていない。
「ぼくはあんまり拷問ぽくないやつでいいよ。一発で効果があるのはいいけど、なんていうか…殺傷能力が高い方が助かる」
「なら、マエストロの銃がいい。遠距離スコープも高性能だし。スコープがついたタイプは最新型だ。こんなのが大量流通したらそこらじゅう死人だらけになるぞ」やけに嬉しそうに言う。「まあそれくらいすごい銃っていうことだ。マエストロ社自体がつぶされる前に買っといたほうがいい。惑星間連盟の圧力でマエストロ社の星の犯罪者を他のところに輸送しようって話があるらしいから。あまりに残忍だということらしいが。性能テストが出来なくなれば銃のほうも…」
「お前がマエストロ社のことが好きなのはわかったが、必要なのは近距離用だ。ハンドガンでいい」
 フィズは不満そうな目つきで、愛しのマエストロ社の銃をそれがもともとしまってあった特別なケースの上に置いた。元に戻さないという事は、後でまた薦めようとしているのかと思ったが触れずにおいた。いくら高性能な銃で遠くから殺しても、結局死体の横まで行って転送マーカーを撃ち込む必要があったら意味がない。だがそう言ったらセスとの関係を追及される。アレックスは黙ったまま並べてある銃の中から適当なものを見つけようとして、セスが自分の方を見ているのに気付いた。
「なんだ?聞きたいことがあるなら言え。アドバイスならいくらでも出来る」
「師匠と同じ銃がいいな。どうせだったら」
 アレックスは言葉に詰まった。フィズの大袈裟な「ほおお!へえ、なるほど!」という耳障りな声がなければしばらく思考停止していたかもしれない。
「師匠ね、そうか、ついに相棒を見つけたのか。おめでとうアレックス。これで私がいなくても寂しくないな」冷ややかな視線をアレックスに突き付ける
「だからハポ人なのか。プロの修理人には見えないが、見習いかなにかか?セス、あんたも、言ってくれればいいものを…これからはあんたがなるべく怪我をするように祈らないと…」
「ぼくは修理人じゃない」口を開こうとしたアレックスより先にセスが言った。
「ハポ人だけどABの指の関節一つ直せない。見習いは見習いだ。ただの役立たずの賞金稼ぎ見習い。迷惑をかけたら殺してもいいってことで弟子にしてもらってる。まだ殺されてないのが不思議だけど」
「語弊があるな。単純に要約すればそういう話にはなるが」
 傍から見るとずいぶん冷酷だ。外見的には無害なアンドロイドに見えることは、アレックスが常に利用する利点の一つだが、セスと居る自分はどう見えるのか。初めてそんな考えが浮かんだ。法の無い惑星の中でさらにルールから追放された人々は、このアンドロイドとハポ人をどう見ているのか。外見も似ていない。よく見れば転送マーカー用の銃を持っている人間――のように見える奴――と賞金稼ぎではないひ弱そうなハポ人。どういう関係の二人組だ?自分なら不思議に思う。アレックスは周囲の様子を窺った。
 だが怪しくない人物など、ここにはいなかった。
「勝手なことを言って悪かった」フィズは真面目腐った顔で言った。「賞金稼ぎマシーンのアレックスも、たまには自分の人生に変化を加えるために努力するんだと憶えとくよ。そういうことなら、真っ当な銃がある。アレックスと同じ型のはないが、後継で出たやつならあるぞ。見てみるか?」
 セスは力を込めて頷いた。銃を出そうと振り向いたフィズの投影像が急に乱れたあと、鉢のまま売ってはいけない植物の鉢植えを運んでいるヒューマノイドに向かって、セスの体が吹き飛ばされた。鉢が次々に割れて甲高い音が重なった。アレックスがホルスターの銃を握った瞬間、右足を銃弾が貫き、バランスを崩して、残酷な銃が並べられている商品台の方へ倒れ込んだ。
「逃げろ!逃げろ!」という声があちこちで響き、デソルモクの占拠者と客たちは一気に四散しはじめた。だがその人の群れに向かっては、なんの攻撃も行われていない。商品台に次の銃弾が当たった。おれたちだけを狙っている。アレックスは確信し、弾道の角度から狙撃者を見つけて引き金を引いた。だが狙撃者のいる位置はアレックスの目でも捉えるのがやっとという距離だった。発砲した弾丸は届くわけもなく遠い景色の中に消えた。
 アレックスはABのフルパワーを駆使して片方壊れた足を引きずった。セスがいない。すぐそれに気付いた。割れた鉢植えと無残に散らばった土と違法植物の上に、ハポ人の体はない。そのとき自分の背中に何かが触れたのを感じた。直後、顔に血飛沫がかかり、低く小さな発砲音がした。
 アレックスの背中を覆うように立ちはだかったセスは、今握っていたマエストロの銃を落として倒れた。倒れ込む体に押されてアレックスもバランスを崩し、二人とも地面に倒れこんだ。
 自分たちの惑星の犯罪者を性能テストに使い、完璧を追及して仕上げられた銃の一発で、狙撃者は息絶えていた。首の回りの毛が青い血で染まってしおれていた。  アレックスは自分の上に倒れているセスの首から流れている血が、固い黄土色の地面にも流れ出していることに気付いた。
 デソルモクのくすんだ色の通りからはほとんどの人影が消えていた。



chapter 5 につづく

投稿者: Ugo

Posting my original novel. Eager for the world of other sun.