Farther Than Pale Blue Dot ch.3

ここは淡い青よりも深く遠く

 

chapter 3

シェフが用意していたメニューから選んだベーコンチーズバーガーにかじりつきながら、おれはベーコンの神に感謝を捧げずにはいられなかった。そのおれの向かいの席で、底の栓が抜けたみたいにコップの中のメープルシロップ飲料がみるみる減っていった。ストローで平然と飲み込んで、暗い紺色の髪の男は言った。
「ありがとう」
 おれは、至福の味を惜しみながら飲み込んだ。「全宇宙行きチケットのためだ。そのためなら、ひっかけやすい植民星出身者の役をもう少しやってやるよ。ただ、ジェリドとやらに着いたらこの船のパイロットを気絶させるかなにかしたほうがいい」
「展望ラウンジで会ったみたいだな」
 知ってたのかよ。驚き疲れていてさほど何も感じない自分が怖くなった。
「おれたちはある程度の距離ならお互いのことを感じるから」
「おれがヘマやったのも知ってるか?拉致されただけの間に合わせだってバレたかもしれない。そしたら全部台無しだ」
「じゃあ残念だがパイロットには式典を欠席してもらおう。一人いなくてもバレないし」
 おれは最後の一口を頬張った。
「もし一大式典にパートナーを連れて行けなかったらどうなる」
「今後しばらくジェリドを出ることを禁止される。その後で、一番最悪なのは、パイロットにならなきゃいけなくなることだ。機関室に閉じこもって、何千何万というシーカーを運ぶためだけに。大型船に配属される時はパイロット・パートナーシップを組んだケタルと一緒に乗り込むが、一心同体になる必要がある。たった数か月前に会ったばかりの奴と。子供の頃から訓練してるなら別だが、おれは基礎学習以外やらなかった。ずっとシーカー・ミーティング候補生になると決めてたからな」
 そんな表情もできたのかというほど真面目くさって、ロスは言った。
 中途半端な時間に来たせいか、食堂はどんどん空いてきて給仕係が机を片付ける音が目立ち始めた。ギールで通っていた食堂も、大人たちで混み合う時間を避けて行っていたから、いつも人の声より清掃の音のほうが目立っていた。誰も居ない隣の席に置いた太陽系惑星史のカラーページに、通り過ぎざま怪訝な顔をした客の顔は、いまでも思い出す。
「おまえの言ったことを嫌がらずやるのが、ケタルとして当然か」おれは尋ねた。
「正しいケタルなら。ケタルのリーダーもシーカーと友好関係を築くことは重要だと言ってるが、船を操縦するだけじゃだめだってわかってない。お互いをもっと知らないと」
「そのための式典だろ」
「パイロット輸出産業のほうが優先だ。優先度において輸出産業の割合がベーコンとパティの肉だとするとシーカー・ミーティングはバンズの上のゴマくらいかな」
「じゃおれたちは無断で入ってたピクルスみたいなもんかな。外の世界に出たいなら好きにしろ、でもおまえはもっと大切なことをわかってない、とか、言うやつらにとって」
 せっかく真剣だった表情をロスは崩し、悲惨なくだらなさにおれも笑ってしまった。
「ギールも凝り固まってるのか?」ロスは笑顔の余韻を残したままそう言った。
「不変の悪循環なだけだ。おれたちは地球政府に認められるために労働する。向こうはおれたちを工業機械くらいにしか思わない。その腐った構造が嫌なのに気付いたら自分自身が、ギールに留まる奴らは地球の言いなりになる工業機械で、自分は違うんだと思ってた。地球に切り捨てられて、自分はクソ野郎だったと気付いたが、でもそのクソ野郎じゃなくなろうとすると自分がなんなのかわからなくなった」
「そう一緒くたに悪いほうに考えるなよ。自分は違うのかっていう気付きは、あらゆることを難しく苦しくするが、自分じゃないものにならなくてすむ。それよりずっといい。おれはそう思ってる。独立した精神であれ、ってトーカー憲章にも書いてあるし。ケタルドライブ船のパイロット・パートナーシップは違反だと訴えるべきだな。でも、一番難しいのはその自分に居場所を見つけることだ。他人のフリをせずに、それでいて独りにならないようにするってのは難しいよ。おれだって出来るかどうかわからない。だから、おまえが悩んでるのも間違いじゃないと思う」  いつの間にかロスに握られていた自分の手に気付いて、おれは我に返ったように少しだけ指を動かした。おれの手に感じられる感触は、再びテーブルの冷たい表面だけになった。
「ギールに帰りたいわけじゃないんだろ」両手を組み合わせてロスは言った。
「そうだったら簡単でいいよな。おれは正しいギール人になったってことだから。でもそんな気持ちにはなれない。だからどうしたらいいかわからない」
「じゃあ、とりあえず服を着替えておれと夕食会に出ればいい」
 急に発表されたイベントをのみ込めていないおれを置いて、ロスはリフトに歩いて行きながら早く来いと偉そうに呼びかけてきた。
「ベーコンチーズバーガーが占領してるせいで食べられない分は食べてやるから。ラドムたちが一生懸命準備した旅立ちを見送るパーティだから、出てやらないと涙のかわりに抜け毛を撒き散らしてショックを受けるはずだ」

ラドム・レウクスたちが準備した夕食会は展望ラウンジで、宇宙の星々を天幕にして行われた。安全な空間から見た宇宙の景色は夜空のように安定し、静かにそこにあって、冷酷には見えなかった。円卓の上に並べられた料理は、目がないくせにと言ったら失礼だが、どれも美しく盛り付けられている。しかし会場で歓談しながら食事をしている毛玉たちを見て、彼らにも口はあったことが判明した。人間でいうと頭のてっぺんにあるせいで、普通に立って喋っているときには動きが見えなかったらしい。
 この仰々しい催しに圧倒されていたのもあり、おれは強制的に腕を組まれ、無駄に体を鍛えている男と揃いのタキシードを着てこの場にいることを、ほとんど忘れていた。こんな時こそ明るい青い髪のロスになって、きれいなドレスを着るべきじゃないか?そう同意を求められる相手は誰もいなかった。会場に着いたとたんに注目を集め、心が痛くなるほどの祝福を受けてすぐ理解したが、これは本当にケタルとそのパートナーのために開かれた会だった。たぶん光栄な場なんだろう。しかし人生で一度もそんな名誉を受けたことがないおれが、初めてそんな体験をしようって時に、こんなことになるとは。
「あんたもちゃんとすればなかなかだな。そのピアスもセクシーだし。タキシードには合わないかもしれないがおれはいいんじゃないかと」
 部屋に閉じ込めるべきだった。服を渋々着替え、渋々髪を整え、部屋のドアの外でやたらと待たされたおれの目の前にこいつが現れた時点で。暗い紺色の髪の男はタキシードを男らしく着こなし、目にかかっていた髪をセットし、無精ひげを剃り、香水までつけていた。燃料まみれのメカニックとは見分けがつかない。少し違うものに変身したんじゃないかと疑ったが、憎たらしい笑みが同じだったのでどうでもよくなった。
「おれたちってけっこう絵になるんじゃないかな」
「そうだな」
 取り分けた料理を口に詰めながらそう答えるおれの視界に、一人の毛玉生命体が近づいてきた。白いもさもさは適度な距離まで来ると、身体を折り曲げてお辞儀をした。
「あの、今回はお二人にお会いできて、ここまでお送りすることができて本当によかったです。私は乗船者の監督をしますので一緒にここで降りますが、道中お気をつけて」
 なんとか肉を飲み込もうとするおれの横で、ロスは外交官のように笑った。
「ありがとうございました。あなた方の旅にもペリパトスの守護があることを祈ります」
「お二人のこれからにも」
 乗船者の監督官は、会釈をして立ち去った。ロマンチックに見つめあうなんてことはもちろんせず、おれは料理の残りをメープルシロップジュースで流し込みながら、いつになったら帰ることを許されるのか知りたくて仕方がなかった。
 その焦る気持ちとはまったく逆行するように、ゆったりした音楽が流れ始めた。会場が徐々に暗くなる。おれは食事中の傍観者として取り分け用の皿を持つ手に力を込めた。
 その皿を取り上げ、見るのを拒否するおれの目の前に、ロスは恭しく手を差し出した。
「冗談はよせ。無理だ」おれは怒鳴りつけたいのを我慢して小声で言った。
「パートナーだと見せないと」
「おれは踊れない」
「ナイト・セクターでは踊ってたけどな」
「は?これは別だ。だいたい、むりだ、踊れないだろ」
「男とは?女のロスでもどうリードするかわからないだろ。おれがリードする」
 おれはその時の様子がなんらかの記録に残らないことだけを祈った。

一刻も早く部屋に帰らないと。帰ってこのタキシードを脱いで少し酒を飲んで寝る。だめだ、酒を飲むとなにがあるかわからない。すぐ寝る。寝られるか?とにかくおれはダンスの相手がついて来ているかなんてどうでもよく、一人で展望ラウンジを横切ってリフトのほうへ早足で向かった。ラドムたちは毛を逆立てて神聖な超常現象でも目にしたかのように大喜びしているらしかった。本気でこいつらが嫌いになってきた。
 冷たい榛色の目をした男が邪魔しなければ、おれはリフトに突っ込んでいただろう。
「ラドムがせっかく用意した場なのに、もう帰るんですか」
 呼吸を整えながらおれは、注目されるのは苦手なんだと言い返した。
「恥じているように見えましたよ」
「気のせいだろ?」
 パイロットは、リフトのボタンを押そうとしたおれの手を素早く握って阻んだ。
「ロステノのことはよく知りませんが、男性の姿でいるときのほうが多いみたいですね。それが嫌なんでしょう?我々の精神を愛せているのならそんなこと気にしないはずだ。人間の姿は表層的なものだと理解し、ケタルを受容しているなら」
 パイロットは不愛想だった表情をわずかに乱し、中身のないおれ自身を見透かすような目で軽蔑を表した。「あなたの嘘がわかります。ジェリドに行く資格はない」
 拘束を振り払ってパイロットの男と距離を取ると、静まりかえった会場の全員がおれたちを見ていた。壊れそうな凍った湖面に立ったかのような感覚がみぞおちに広がった。
「やあパイロット」ロスがおれの隣までやってきて、軽々しく手を振った。「おれのパートナーにそんな失礼な口をきいてほしくないな。それに疑いだけでこのパーティの最後を台無しにしていいのか?」
「シーカー・ミーティングに敵性エイリアンを招き入れることに比べたらなんでもない」
 まわりの白い毛玉たちが不安そうに近くの相手と寄り添い始めた。
「ロステノ、ジェリドに行く資格はあなたにもない。その人間の態度だけで騙されているわけではないとわかる。走査官を呼びたいがジェリドに不要な混乱はもたらしたくないので、あなたが危険でないか私と残りのパイロットで確かめます。機関室へ来てください」
 白い毛玉の輪の中から、もう一人見たことのない人間の女が出てきたと思うと、そいつと榛色の目のパイロットは両側からロスの腕を拘束した。
「こんな過激なことする必要がどこにあるんだ?」パイロットたちはもうロスの言葉には聞く耳を持たず、一つだけドアの色が違うリフトのほうへロスを引きずって連行した。
「あっ、あの、どういうことですか」近くに居たラドムが声を震えさせながら言った。
「せっかくの場を乱してすみません。でも必要なことなのです。今は……」
 榛色の目のパイロットは言いかけて、もう一人のパイロットからロスの腕を奪い返したおれのほうを振り向いた。その目の中に、おれははじめて人間からは感じたことのないような、目まいを起こしそうな妙な圧力を感じた。
 だがそれより、さっきから言ってる敵性エイリアンだとか危険だとかいう過剰な言いがかりはいったいなんなんだ?おれのほうがよっぽど身の危険を感じてるうえに、無力で、ケタルティオイドなんていう強大な種族に危害を加える能力なんて微塵もなく、こいつはそんな状況におれを追い込んだ張本人のくせに、おれと仲良くなろうなんて思ってる能天気なバカ野郎じゃないか?こいつにはなにもできやしない。
 その証拠に、ロスはおれにキスされても身動きできずに、おれが首の後ろに手を当ててアプローチしたところで、自由にしてやった腕をおれの腰にまわすことすらしなかった。
 顔を離すと、その場にいるラドム・レウクスたちが全員ボールのようになって飛び跳ねていた。あたり一面に白い抜け毛が飛び散り、よくわからない鳴き声もあげていて、その歓声のなかで皿が割れる音もした。
「おれは彼を愛してる」
 そうおれが言ったときには、榛色の目のパイロットはロスを解放していた。顔を赤くしながら何か口ごもっていたが、もう一人のパイロットがもう一度ロスを捕まえようとすると引き留め、おれたちが通常のリフトに乗り込むのを黙って許した。
「だからエンジンになるだけじゃだめなんだ」ロスがそう言い、リフトの扉が閉まった。



chapter 4 へつづく

投稿者: Ugo

Posting my original novel. Eager for the world of other sun.