Farther Than Pale Blue Dot ch.4

ここは淡い青よりも深く遠く

 

chapter 4 / final chapter

ジェリドは雪に覆われた惑星だった。惑星全体が極寒の地で、住んでいる生き物も僅かだが、ケタルは気温にほとんど影響を受けないので地表で生活、活動している。しかしシーカー・ミーティングのために地下に作られた大講堂と、スコレだけは別だ。そこでは来客種族に合わせて気温と湿度が調整される。スコレでは、ケタルたちが様々なシーカー種族の姿で生活している。どういう形態をとってもその生き物と完全に同じ性質にはならないが、シェイプシフトした種族本来の生息環境に近い環境で生きるのが、基本的な決まりだ。シーカー・ミーティング候補生とそのパートナーを迎えに来た担当官が、小型艇に乗り込んだ後にそう説明してくれた。担当官は三十代くらいの人間の姿だった。
 ギールは基本的には寒い惑星だ。そしておれが人生の少なくない時間を過ごした調査船の中は常に同じ気温で、暑くもなく寒くもない。おれは心のどこかで温暖な草原地帯なんかを期待していたが、高度な文明を持った種族の惑星に降り立つのは初めてなので、文句を言うのはやめた。調査で行った無人の惑星で、環境が作り出す嵐や雨や広大な自然は驚異的だったが、それを見る者も、そこになにかを建てる者もなにひとつない光景だった。だがここは違う。猛吹雪が吹く雪原の中に、サッカー場くらいはある六角形の銀色の建物がいくつも並んでいた。それは蜂の巣の断面のような模様を白銀の世界に描いていて、おれは謎の種族の惑星に近づいている緊張感をかみしめた。
小型艇で地表に降りて行きながら、おれとロスはほとんど言葉を交わさずにただ座っていた。プライベートジェットの内部みたいな、無駄に金をかけた感じのある小型艇のシートの上で、時々足を組み替えたりしながら。
「ここにシーカーが来ることはほとんどないって知ってたか?来るとしたらいろんな種族の外交官が少人数で、恐怖に耐えながら仕事をこなしに来るだけだ」
 ロスが急に喋ったので、おれは「知らなかった」と不愛想に返事をするだけで、会話は途切れた。
 正直、この間だけじゃなく夕食会の後から会話があまり無い。ロスはシーカー・ミーティングのことや、とにかく一人にならないようにとか注意点をいくつか説明してきたが、それ以外は必要最低限のことしか口にしなかった。すばらしいアドリブだったな、ありがとう。とも言いやしない。おれが気まずくなるのはわかるが、なんでおまえまでそうならなきゃいけないんだ?おまえがヘラヘラと喋ってればおれも、何か言い返すくらいはする。さっきは突然のことで失敗しただけだ。そうはっきり言えたら違うんだろうが、おれは黙りこくって雪の世界を見ていた。
 二日酔いの延長線でなだれ込むみたいにこんなところまで足を踏み入れて、本当にこれでいいのか?だが今さら考えてもどうしようもない。楽観主義は得意じゃないが、ロスの言葉が本当ならあと少しで終わる。到着したらすぐに準備をして式典に出ることになるらしい。そんな慌ただしい話があるのかと信じがたかったが、シーカーが長く留まるには適さないから配慮しているということだ。そうは見えないが毒が充満してるとかじゃないよな。なんでも逃げられない段階になって言うのはやめてほしい。
 いや、もう考えるな。そういえば、式典の後でどこへ行きたいか考えてなかった。だがおれは青い惑星を頭の中から追いやって、今に集中した。

地表に到着し、さらに地下の着陸場まで小型艇がリフトで運び込まれると、やっと外に降りることを許された。地下の内部構造は、金属かガラスで出来ているように見えた蜂の巣状の建物とは違って、きれいに削り整えられてはいるが灰色の岩肌がむき出しの洞窟のような場所だった。ただ部屋も通路も明るく、じめじめとした感覚もなく、見た目に反して快適だった。人工物は照明や扉や操作パネル以外見当たらないが、環境調整システムは隅々まで行き届いているらしい。
 数人の、担当官と似たような一見人間のように見える人々に出迎えられてから、おれたちはシーカー・ミーティング候補生用の部屋に案内され、他の候補生たちと対面した。
「人間だよ」
「地球人か?」
 会話の途中だったらしい候補生と、そのパートナーたちが、部屋に到着したおれたちのほうへ一斉に視線を投げた。投影ではない本物の炎を囲む石造りの部屋の中に、一つの長椅子に一組のペアで彼らは座っていた。全員が黒いチュニックを着ていて、狩猟民族の部屋に座る古代ギリシャ人みたいだ。全体が時代錯誤的で、異質だった。だが彼らは親密そうで、選ばれた者たちに見えた。それに比べたらおれなんてシャツとスラックスを着ているのに、連れてこられた捕虜に見えた。いや文字通りそうか。
「思ったより多いな」ロスがそう言ったが、おれに言ったのか独り言かわからなかった。
 部屋の中にはシーカー種族が四種族いた。一見すればシーカー種族会合だ。このそれぞれのペアの一方がケタルだなんてまったくわからない。
「シャウプト・ロステノだ」ロスは左手を軽く上げて挨拶した。「こっちはパートナーのケイデン・キュビワノ」
「ハイ。ぼくはケティ・ミティス。彼はアイギアロ」
 その二人の虹彩は、本で見た通りシベリアンハスキーのように青味がかった白で、顔も含め全身を覆う毛は燃えるような赤色。アイギアロの方は身長が2メートルはあり、骨格からして巨大な体が黒いチュニックを圧迫していた。
「これが一番大きいサイズだって言うから、今度からはヴァラン人のために、もうちょっと大きいのも用意してくれるようさっき頼んだとこなんだ。でも暑苦しくてごめん」
 アイギアロはおれに話しかけていた。ヴァラン人が目の前にいることと、過剰なインパクトに圧倒されたおれの態度を敏感に感じ取ったんだろうか。本当に犬みたいだ。
 とは言えないのでおれは無難に返答した。
「ヴァラン人にお目にかかれて嬉しいよ」
「おれも人間に会えてすごく嬉しい」アイギアロは満面の無垢な笑みで言った。
 ステリオ人は見た目で性別を判断できないが、皮膚が全体的に砂色だからたぶん若い。黒い羽毛に覆われた見たことのない種族は、男性と女性のように見えた。最後に視線を移したユラン人の片方は、すぐに手を差し出してきた。
「ちょっと握手してもいい?」
 なぜわざわざ聞くのかと思いながらおれが握手を返そうとすると「誰が一番緊張してるか知りたいだけ」と彼女は言った。
「どれくらい手汗をかいてるかで判断でもする気か?」
「あなたが心にしまってる気持ちまでは見ないから。私は極めてふつうのケタルだから怖がらなくていいよ」
 彼女はユラン人の姿には似合わない魅力的な笑顔でウインクし、おれたちは握手を交わした。
「あなたすごいね。クリスより緊張してない」彼女の背後にじっと座っていた女性のユラン人が、不服そうに眉を動かした。「というより、困惑のほうが勝ってるみたい。こんなにたくさんの種族と会うのは慣れてない?」
「ステーションですれ違ったりする以外では、そうだな」上の空でおれは答えた。
「ケイデン、ちょっと、おれたちもチュニックに着替えよう。おまえたちだけ準備が出来てないのかって怒られたくないからな」
 ロスに誘導されて入った着替え用の部屋は無駄に広かった。さっきの控室と同じくらいだ。ケタルの感覚はわからない。こいつらの考えてることはわからない、それなのに。
「おまえらはテレパスなのか?」
 ドアのすぐ横に立っておれはロスを問い詰めた。ロスが出て行かないようにか、あるいは自分の逃げ道を確保するために。心理的に。物理的に。
「公式には違う。ケタルティオイドにテレパシー能力があることは、秘密だからな」
「とんだ詐欺種族だな。触れたらなんでもわかるのか?考えてることも心の中もぜんぶ」
「全て把握できるわけじゃない。触れた瞬間の考えがわかるだけだ」
「それだけじゃないだろ。ケタル同士なら存在を感じるとか言ってたよな。なら他の種族にもできるんじゃないのか?」
 おれは今までバカみたいにああだこうだと考えてたんだよな?おまえに向かって大声で喋ってることも知らないで。
「それで傷ついたこともあった」
「やっぱりわかるんだな」おれは充分離れた位置に居るケタルティオイドに吐き捨てた。
「なにもかもじゃない。おれたちにも能力に個人差がある。九十九パーセントのケタルは触れなければ思考を感じない。触れても、どこまで探るかは制御できる。生まれた時から強いテレパシー能力を持った奴もいるが、彼らは心がつながる相手となら、最初から思考交換できるらしい。羨ましいよ。おれとは違う」
 ならなんで特別でもないおまえに、おれの考えてることがわかる?
「特定条件下にある相手のことだけはわかる。それでも注意を向けた時だけ聞こえるように、思考を遮断することはできる。垂れ流される考えを全部受け取ってるのとは違う」
 相手が遮断してくれてると信じろってか。自分じゃわからないまま。ふざけるな。
「だがおれ自身に関することをおまえが考えたり、今みたいにあからさまにおれに向けられた思考は、おふざけでもなんでもなく理解できる。頼むから普通に喋ってくれ」
「じゃあその特定条件ってなんだよ?頭蓋骨を切り開いて見せた覚えはないが?」
「おれと寝ただろ」
 一瞬思考停止したが、おれは騙されなかった。「終わったと思ったよ。あの船で目が覚めた瞬間はな。でも考えたらわかった。おれは、女のおまえと寝たんだ。それでおれを騙して、頭の中をのぞけるようにしたんなら…地球に同情するよ。人間も他の種族も終わりだな。知らないうちに考えをすべて読まれるんじゃ、勝てるわけない」
「おれたちが争う気なら、とっくにそうしてる。わかるだろ。そしたらケタルは孤独になる。自分たちと触れ合ってくれる存在のない世界に逆戻りだ。せっかく見つけた友人を皆殺しにするのか。なんの意味がある?」苛立ったロスは緊張感で保たれていた距離をいきなり詰めてきた。怖気づいたと思われたくないただそれだけで、おれも一歩踏み出した。間近にあるケタルの顔を睨むように見上げると、ロスはタトゥーのある右手で、おれの左頬に触れた。
「パイロットから助けてくれた時、おれは感じた。おまえも感じてくれてたらよかったのに。人間の歌にあった。愛は選択じゃない。違うものに装えはしても変わりはしない」
 そのときドアからチャイム音が鳴り、さっき聞いた声が呼びかけてきた。
「やあ、ミティスだ。もうすぐ出番らしい。そろそろこっちに戻ってくれってさ」
 それだけ言うと音声は途切れた。
 ロスはおれの頬から手を離し、チュニックがかけてある場所へ歩いて行きながら言った。 「どうする。そこから出ていくのか?」
「今からできるならそうしてる。ここがこんなふざけた種族しか住んでないクソ寒い惑星じゃなかったらな」その言葉に、ロスは呆れた笑いを押し殺すように口の端を曲げた。
「それより、触れられたらおれたちのことがバレるよな。おまえの計画は無茶苦茶だ」
「握手くらいさせられるだろうが、その程度じゃバレない。さっきも大丈夫だったろ。今頃外交官たちがケタルドライブ船の普及とか需要とか供給とか、今年接触したシーカーの情報だとか、長々と話してる。それからメインイベントでおれたちが登場して、今年もパートナーが集まった、とケタルたちを安心させて、それで終わりだ。愛想よくしてれば問題ない」ロスはそう言うと、またおれが瞬きする間に姿を変え、明るい青色の髪をかきあげて自分用の黒いチュニックをハンガーから外し始めた。
「なにしてる」
「こっちがいいんだろ。パーティでもドレスを着なくてごめん」
 言い返す間もなくおれの分のチュニックを渡され、腑に落ちない思いで受け取ると、おれたちは一言も交わさずに着替えをすませた。

他の候補生たちはロスが姿を変えたことをさほど気にしていないようだった。パートナーたちも露骨に反応したりしなかった。
長い岩の回廊を歩いた先には大きな扉があり、乳白色の髪に白いローブを着た大理石の像のような人物が、シーカー・ミーティングの主役達を待っていた。
「おかえりなさい候補生たち。そしてはじめまして、シーカーのみなさん。私はトオです。ようこそジェリドの大講堂へ。トーカーとシーカーの橋渡しとなってくれることに感謝します。まあそう硬くならず。私たちにとってあなたがたは大切な存在です。食べてしまいたいほど、というわけではありませんが」
 なにを真に受けていいのかわからないまま、目の前の大きな扉が開き、まぶしい光に目が慣れると何千人という人間たちが拍手をしておれたちを迎えていた。
 なぜどのケタルも人間の姿をしているのかはわからないし、それなのに候補生で人間の姿をしているのはおれとロスだけで、他の候補生やパートナーたちは気分を害さないのかと思ったが、人で作られた通路をすすみながら大勢に握手を求められて、じっくり考える暇はなかった。笑顔で挨拶したり、来てくれてありがとう、などと言ってくる人間たちが人間ではないなんて深く考えずに、歓迎してくれる気持ちを素直に受け取った。ここにいる全員を騙しているということも頭から排除し、おれは時たま、ハイ、ありがとう、と歩いていき、強制的大スター気分の終点で、おれたちはぞろぞろと舞台の上に誘導された。そして5つの演説台の後ろに立つよう指示された。
 一様に緊張しているパートナーたちの横で、候補生たちは自己紹介をし、どうやって大切なパートナーを見つけ、どう思っているかを話した。青い炎が燃えている森で、とか言ったかと思えば、貨物船で密航していて、だとか、紛争の前線基地でとか、宇宙資料博物館に入館拒否されたときにとか、いかにも優等生的な雰囲気は見た目だけで、犯罪者集団かと思うような話ばかりなので、おれはどう反応すべきかわからないまま愛想よく立っている努力をした。こんな狂気じみた状況じゃ真顔でいるだけでも表彰ものだが。
「とても印象的な話のあとに最後が自分で腹立たしいですが、順番を決めたのは私ではないので許してください。候補生のシャウプト・ロステノです。パートナーはケイデン・キュビワノ。人間です」
 スポットライトを当てられたロスの青い髪は、夏の海みたいにきれいだった。おれは目でその美しい髪を見ながら、暗い紺色の髪をかきあげる手や、その手が触れた左頬のことを考えていた。ロスはそんなおれのほうを振り向かずに、まっすぐ前を見て話を続けた。
「ケイデンと会ったのは宇宙ステーションのナイト・セクターにある無人のバーでした。クラブミュージックのリズムを感じるでもなく、泥みたいにカウンターに倒れこんでスミョーカフクトの2杯目を飲もうとしていたから止めました。彼は地球の植民星であるギールの出身で、そのことで苦しんでいた。数か月前、地球が発表した帰郷制限のせいです。近年急速に発展する太陽系に比べ、植民星は畑や工場や人員といった資源として見られ、太陽系出身者と、植民星出身者の受ける教育にも格差があります。そうした環境が、太陽系に行って、いえ太陽系に戻って、より良い暮らしをしたいと考える人々を生んでいましたが、帰郷制限でその望みが叶わなくなった。地球は以前から、様々な異種族と協力し、変容した次世代を生み出す植民星人の方針を快く思っていなかったのでしょう。
 私は、シーカー・ミーティング候補生になってからパートナーとなる地球人を探し続けていました。いままでシーカー・ミーティングに参加した地球人は二人しかいない。でも見てのとおり我々は地球人に執心していますから。しかし、やはり難しかった。姿は違っても精神は似ている、理解しあえるのだと言いながら、やはり私もトーカーの悪い癖で結局シーカーと自分を分離していました。異質なものと我々をつなぐことができれば、そこに達成感があると思った。相手の心より、種族や環境や自分が得られる利益を見ていました。恥ずかしかった。でも相手も、私がケタルティオイドだと知ると、全員そのことしか見えなくなった。私が彼らを傷つけた方法で仕返しされたようだった。それが虚しくて、地球のことが嫌いだという気持ちがよぎりもしました。でもケイデンは、おかしな事も山ほど言ったり考えたりしていますが、私に腹が立つと、ケタルを恐れるより自分の怒りを優先して文句を言ってきます。おかしいですが、嬉しかった。私を私自身として見てくれているようで。私と似ている部分もあって、そのうちケタルも地球も植民星も関係なく、彼と仲良くできればそれでいいと思うようになった。ケイデン・キュビワノとパートナーになることができて、嬉しく思います」
 人間の顔をしたケタルたちは大きな拍手でロスを称え、他の候補生たちも手を叩きながらこちらに笑みを向けた。豪奢な台に乗せた指輪を若い男が壇上へ運んできて、どこからか出てきた先ほどの大理石の像のような人物、トオが、候補生とパートナーたちの指に指輪をはめていった。おれとロスの指にも。氷山のように青白い物質で出来た指輪には、おれには解読できない記号が彫られていた。
 おれは早くこの場から解放されることを願った。
「トーカーとシーカーの未来にもう一度拍手をお願いします。彼らの人生に火が灯り続けることを」拍手の嵐は大きくなり、振り返ったトオはおれたちにだけ言葉を続けた。
「ではパートナーのみなさん、これから一人ずつ私の部屋へ来てください」
 全員が顔を見合わせた。
「母星の私たちが勝手にした決定で、失礼であることはわかっていますが、今年からはパートナー全員に敵性確認試験を受けてもらいます。重大な嘘や危険がないかの確認です。問題なければ走査したことは私の頭の中にしか残りません」
「そんなこと、聞いていません」ステリオ人の二人のうち、たぶんケタルの方がそう言った。「シーカーに対して無礼だ。信用を損なう問題です」
「トオ、ぼくたちが彼らを信用してここまで共に来たんですよ」今度はミティス。
「そのあなたたちが外の世界でどんな影響を受けたかについても、心配する者がいるのです。外の世界には、われわれがなんなのかを解明し、存在の正当性、といったものを証明しなければ信用できない人々がいます。追求のすべてに悪意があるわけではないのですが、そういった動きが、テレパシー能力やわれわれが恐れられないために隠したことを明かそうとしている。隠したことが間違いだったかどうかは議論されてきましたが、はじめからすべてを告白していたら、ケタルティオイドは正体不明の脅威として排除されていたはずです。どちらにしても、過去のことを言っても仕方がない。相互理解が十分になされ、こちらが告白できると判断するまで、われわれは現状を保ちたい。お互いにとって、出会ったことを間違いにはしたくないのです。そのための措置です。申し訳ありません」
 全員の表情に、言葉にならないものが浮かんだ。だがパートナーたちのほうが、どこか決意した表情をしていた。おれを除いて。
「とにかく、シーカーの皆さんに負担のないよう細心の注意を払います」
 そして候補生とパートナーは話し合う時間も与えられず、別々の場所へ誘導された。ロスは何度もおれを振り返ったが、できることは何もなかった。
 おれは敵じゃないが、とにかく知ってほしくないことは充分知った。これが去年なら、何事もなく済んだはずなのに。おれはいつも間に合わない。いつだってそうだ。自分に正直になることすら間に合わなかった。
 おれは死刑台へ歩いていく気分で他のパートナーたちと未知へ向かった。

「そうですね」
トオは眉を顰めて、それきり黙った。おれはどう言い逃れるかということを必死に考えていた。そのことも見透かされるのかもしれないが、ただここに座ってじっと手を握られていることには耐えられない。
「出会って数日のパートナーを連れてきたのはシャウプト・ロステノが初めてですね。まあ、そうしてはいけないという決まりもありませんけどね。思い合っているならいいでしょう。もう行っていいですよ」
 行っていいって、どこにだ?「死刑台にか?」
 トオはため息をついた。「不安だったのはわかります。まだ好意という程度で、しかもそれを男性のロステノの姿だけに感じているのは、とてもシーカー的で我々の感覚とは違いますが、そういったことを学ぶための交流ですから」
「ちょっと待て勝手に話を進めるな」
 トオは全能の手で、なだめるようにおれの両肩に触れた。
「我々は全能の存在ではないですよ。地球を支配したいわけでもなければ、財宝が欲しいわけでもなく、銀河が欲しいわけでもなく、シーカーのことを知り、いつかは友人になりたいだけです」
「人の話を聞けないなら無理だと思うが。おれはあんな男、好きでもなんでもない」
「そうだったんですか。では嘘をついて秘匿情報を得た罪で、ケタルとシーカーの相互理解の日まで我々の監視下で生活してもらおうと思いますが、いいでしょうか?」
 頭を抱えているおれをトオが笑ったので、おれは怒りで顔を上げた。
「自分に素直になれない人は、ケタルとパートナーになるのがおすすめですよ。テレパスのことが秘密でなければ、大々的にそう宣伝したいのですが。今はまだ………だから今はあなたが知ってください、我々のことも、自分自身のことも」
 拒否する間もなく、トオの両手がおれの頭を掴んだ。

 

「帰郷制限だなんて、信じられない。こんなの間違ってる」
 調査船のおれの部屋。副長の部屋なのに客用のソファすらない狭い空間で、ライリーはベッドに腰掛けている。おれは近くの壁に寄りかかって床の留具を見ている。人生の目標を数分のニュース通知にぶち壊されたあとで。
「もう、いい。明日は上陸任務だ。おまえも自分の部屋へ行って休め」
 その言葉を聞く気もない様子で、ライリーはおれを見上げる。
「間違ったことは正さないと。でも、いまはこう考えましょう。地球に好かれるために馬鹿なことをするのは、もうやめていいってことです」
 ベッドから立ち上がったライリーが、おれの胸に手を置く。おれの目を見つめる。
「それで?」おれはそう言って目の前の部下を思いとどまらせる。「誰かが正してくれるのを待つのか?それとも自分でやるべきか?必要ない。正すとかそういう問題じゃない。おれたちは植民星を認めてほしいと思う前に、地球人になりたかったんだ。惨めな存在でいるのが嫌で。自分で自分を認められてないのに、他人に認めてほしいと思うわけないだろ。いつでも地球に帰れる奴にはわからないだろうけどな」
 それで怒って出ていくことをおれは期待する。だがライリーは、おれとは違う。
「…ぼくは誇りをもって自分を植民星人だと思ってます。ぼくの家は地球じゃないし、ぼくの心は他人が決めることじゃありません。副長はぼくに何も押しつけなかった。装うのが苦しいとわかってたから、そうしてくれたんですよね。なのに、どうして自分のことは苦しめ続けるんですか」
 そこで言っても無駄だと悟る。そんな単純なことじゃないと。自分に正直になる。自分を誇りに思う。手を握って、見つめあってキスをする。
 そんな単純なことじゃない。だからおれの手を握ろうとしたライリーの手を拒む。
「おれは故郷に帰って結婚する。婚約してる女がいるんだ。軍は辞める。もう出ていけ」
 ライリーは榛色の目に困惑と悲しさを浮かべて、でも何も言わず、副長の命令に従う。
 ライリーから届いたメッセージを、おれは見つめる。

 ビーチもないのにロウアー・ビーチと書かれた看板。おれはロスに一番高い部屋をおごれと冗談で言う。まっすぐ歩けていない。そんなおれと違い、意識がはっきりしているロスは、少し考えてから言う。「もっといい場所がある」
 アロケ・ティカエ号の一等船室に足を踏み入れると、信じられないほど美しい娼婦が4人も待っていて、おれたちをもてなしてくれる。なのにいい場面になる寸前でロスは娼婦たちを退室させ、自分は明るい青い髪の女に姿を変え、ベッドの上で「もう終わりか?」と言っているおれの上にまたがる。
「おまえ、いま女になったのか?」おれは呂律のまわっていない舌で言う。ロスはそのだらしない舌をとらえるようにおれに口付け、「気にしないで」と言う。
「シェイプシフターなんて初めて会った」おれはロスの顔の輪郭を手で確かめながら言い、なにかを思いついたようにこう続ける。「男に戻れよ。確かめたい」
「なにを?」
「いいから」
 ロスはいつものロスに戻る。無駄に引き締まった体をしていて、髪の色は誰も見たことがない海の深い部分のように暗い青、目は黒曜石のような黒で、でも口元にあの浮ついた笑みはない。またがっておきながら戸惑っているロスの口に、おれは顔を近づける……

 

リフトで個人船用ドックに上がると、アロケ・ティカエ号のホログラムモニターで見た小型ケタルドライブ船の船体に寄りかかったロスが、タブレットで何かを見ていた。
「強い刺激を伴う肉体的接触を行うと、シーカーとも思考交換が可能である」おれはそう言いながらタブレットを取り上げ、自分がタキシードを着て無様な踊りを披露している映像の消去ボタンに指を近づけた。ロスはタブレットを奪い返して画面をロックした。
「そっちが読むだけじゃないってなんで教えなかった?しかもおれは交換した覚えがないんだが。覚えがないことばっかりだ。記憶障害かもしれない」
「酔ってただけだろ。思考交換は、1年くらい一緒にいないと無理だ」
「おまえはすぐ手に入るのにおれは1年か。なんでもクソなシステムだな」
 なにが面白いのか、本当にクソなシステムだ、と笑いながら同意され怒る気が失せた。
「なんであんな困惑した顔してたんだ。つまり、その先は絶対に見てないが、ロウアー・ビーチの前から拉致されて、おれが馬鹿みたいにおまえに男に戻れって言ったとき」
「おれでいいのか?と思ったんだ」
「こっちが聞きたいね」
「それは思いを込めた演説のとおりだ」
 分厚いが向こう側が視認できる防護壁の向こうでは、相変わらず猛吹雪が吹いている。ロスは喋ってほしいときには黙る奴だ。そんなイメージがおれの中でかたまってきた。吹雪の音だけが聞こえる中で、おれは渾身のため息をついた。最後のあがきとして。それで終わり。それで最後だ。たぶん。
「で、どこに行くんだ?これから、二人で。おまえと一緒でも定期的にストレス発散できるようなところがいいな。それよりも職を探さないといけないが。失職中だというのを今思い出した。脳があっちこち刺激されたせいだな。細心の注意を払うとか言っといて…」
 ゆっくりと、だが力強く抱きしめられて、おれはなんとかロスの背中をたたいた。
「一個、言ってないことがある。シーカー・ミーティング候補生は式典ののち、今までとは別の姿でパートナーと一定期間過ごすこと。これもルールなんだ。つまらないだろ。面倒だよな。愛を確かめろってさ」
 おれの首筋に隠れながらロスは告白した。おれもどこかに顔を突っ伏したかったが目の前の愚か者と同じようなポーズをしたくないので我慢した。
「おまえといると本当にサプライズに事欠かないな。この姿以外受け入れられないなんて、おれが今さら言い出したらどうする気なんだよ」
「おまえ好みの男になるから許してって言う」
「聞いたおれが馬鹿だった」
「一旦お別れだが、またこの姿になると約束するよ」
 暑苦しい抱擁から解放されたおれは、炎に手を近づけるように目の前の男の顔に触れた。やっと見慣れてきた黒曜石のような瞳を見つめると、ほんの少しだけロスが顔を近づけてきた。なぜだかもう、浮ついているようには見えない微笑んだ口元を見て、一瞬心が動いた。なにかを感じた。きっと、ロスが言っていたことを。
 馬鹿馬鹿しかった。おれに出来たのは、ロスの頬に触れる程度に軽くキスすることだけだった。
 その瞬間が終わると、目の前にまったく知らない女がいた。今まで一度も見たことがない顔を無理やり自分に馴染ませようと、おれはじっくりと眺めた。それは明るい青い髪のロスともまったく違う顔で、ウェーブのかかった豊かな黒髪に、緑色の目、柔らかそうな唇をした美女だった。なのにおれは、その性的魅力に溢れているはずの口にはキスしたいと思わなかった。おれはほんとに、ああ、くそ、わかったよ。
「いちおう人間でよかったよ、ロス。言えることはそれだけだ」
「二十四時間女性の姿でいなきゃいけないわけじゃないから、安心して、ケイデン。別の顔なら、どんな男にでもなれるから。そうじゃないと、ベッドで困るだろ」
 こいつ、最初から男にもなれるのにわざとやりやがったな。たぶん、いや絶対そうだ。おれは確信して、心の底から、翻弄されるのはもうやめだ、と思った。
 おれがリードをとってやる。



投稿者: Ugo

Posting my original novel. Eager for the world of other sun.