First Day Inside Someone Else ch.13

誰かの中の1日目

西村 烏合

 

chapter 13 / final chapter

ヒューゴ・コールドという巨大発電所の跡地に誰かが通信盗聴のために施設を作った。最初はそうだったが、そのうちカモフラージュ通信のために使われるようになり、発電所の残骸を利用して正規ルートとは違う大規模発電を行うための改造が重ねられた結果、犯罪者の集まる場所としてそこはあまりに表面化しすぎた。そのためにヒューゴ・コールド発電所跡地は惑星の治安部隊によって完全封鎖された。
 ハッカーたちが建てた家や、キャラバン・プラネット中の監視カメラの映像を見るための巨大モニタールームと、その前に一つだけ固定された監視員用の椅子。遊び半分の雰囲気と、実際に使われていた摩耗した使用感があちこちに見られる廃墟のなかをアレックスは歩いていた。
 炎の光景が何度も再生される。機能不全なのか、あるいは。わからない。拒否しても何度も繰り返し繰り返し。最初の炎。すべてを焼いた。その周囲にいた全員が目撃した。そして自分だけが見た炎。ちゃんとした飲食店で一度食事する程度の料金で、次々と燃えていく。埋葬するスペースなどないこの惑星で合理的に稼働するシステム。
 フィズは首を横に振った。それから、そんな奴ら星ごと破壊してやると言った。だがアレックスを見送り、炎の光景に囚われたアレックスを迎え、留守中にアレックス宛に届いたメッセージのことを知らせた。

 求めるものは持っていない。説明を受け取る権利だけはあなたにある。
 ヒューゴ・コールド 明日12時までに

 いくら歩いても、閉鎖され、よみがえり、もう一度葬られた廃墟は夜の闇の中に暗く沈むばかりだった。近くのテーマパークの眩しいほどの明かりが、なんとか景色を照らしている。闇を濃くしてもいる。自分の周囲は暗闇でしかなかった。アレックスは視野をナイトビジョンモードにして歩いて行った。
 突然強すぎる光が目に留まった。そこにだけ明かりが点いているせいだった。
 アレックスはこの発電所跡地で、唯一電気の灯っているゲームセンターの入り口の前に立った。これもハッカーたちが作り上げた建物だ。ナイトビジョンを切ると本来の景色が視界に戻った。店のネオン看板は消えているが、無人の店内で様々なゲームの明かりが色とりどりに光っている。
 店に足を踏み入れて、アレックスは何台もの光るディスプレイの横を通り抜けていった。その先には関係者以外立ち入り禁止、と書かれたドアがある。アレックスはドアを開けた。
 ミスター・フリントが、過剰なほどの電気で明るく照らされた窓のない部屋で、椅子に座っていた。外の世界と比べると、目一杯の照明で満たされたその部屋はあまりにも眩しかった。
 アレックスは銃を向けた。
「こんばんは、アレックス」
 ミスター・フリントは座ったまま両手を宙に上げつつも、堂々とした態度で言った。
 髪型の微妙な違い以外は、その頭部は知っているイメージに合致し、顔立ちもほとんど同じだった。宙に上げた手は神経質そうに長くすらりと伸びている。冷たい虹彩の目は、銃に脅える素振りもない。なにも服を着ていない人物の行動としては驚くべきものだ。
 その体はどんなヒューマノイドのものとも違った。
 金属で出来ているように見えるが、よく見るロボットのようではなく、金属の筋繊維をまとっているようだ。それが体のラインに肉付けを施している。だがなんらかの性別を表すような部分はまったくない。抽象化されたヒューマノイドの造形。顔だけは他の部分のように筋繊維が過度に目立ってはいなかったが、彫刻のように白かった。その金属のヒューマノイドの骨格をまといながら、フリントは見た目を裏切る滑らかな動きでなにかに手を伸ばした。アレックスがすぐに銃のチャージ音を響かせて牽制すると、動揺する素振りもなく手の動きを止めた。
「直接は会ってないから、いちおう初めましてと言ったほうがいいわね」
「おまえのコピーはあといくつある?」
 アレックスはまっすぐミスター・フリントを見つめて言った。店でこの人物の死体を見た時、首の骨にノワールイグジット社の刻印がついていたのが見えた。この会社は体の外は一切抜かりなくリアルに作るが、かといってサインをしないわけではない。
 ミスター・フリントはアレックスの言葉に呆れたような顔をした。
「本題はそれじゃないでしょ。そんなこと、今はどうでもいい」
「お前が使者を呼んだのか?」
「勘弁してよ。そんなわけないわ。設備を全部壊されて、挙句殺されたのよ。私の研究の邪魔になる奴らは全員敵だわ。あんな奴らに追われてることを言わなかったあなた達の方を批難したいくらい。状況を考慮して、それを遠慮しているのよ」
 最初に見たのと同じ色の目で、だが物質的には初めて対面する顔で、ミスター・フリントはアレックスを見つめた。
「セスの人格のコピーを保持してないか、今すぐ教えろ」
「持ってない。そう書いたでしょ」
「ここではない場所にはあるのか」
「だったらいいけど、どこにもない。移植は完了しなかった。コピーはない」
 アレックスは、引き金を引きそうになった。だが手が震えていた。
「そんな壊れかかったABでよくここまで来たわね。明日の12時まであれば、修理することは出来たでしょう。動かなくなったらどうするつもりだったの」
「知らない」
「論理的に考える気力はないということ?感情をオンにしているのはわかってるけど、あなたはもっと冷静な人に見えたわ」
 アレックスは壁に手をついて体を支えた。部屋の奥には一台の大きなコンピューターが設置されている。その視界にノイズが走って一瞬見えなくなった。
 全部で十七発の銃弾を受けた。戦闘用に改造していないABだったらもうすでに停止しているだろう。予備電源を接続したいような気分で、アレックスは口を開いた。その動作すら、もっとも複雑な動作であるかのようにパワーを要求する。
「移植時には記憶転写をしてから完全な移植を行うはずだ。記憶や経験のコピーがあれば…完璧には無理でも」
「それはただのデータでしかない。わかってるでしょ。記憶と経験データが完全に残っていても、それだけでは同じ人物にはならない。そのデータに対しなにを感じてきたか、その人の感情と意識がなければ。あなたたちだってコアモジュールとその内容が完全に失われれば、死ぬのと同じでしょ。他のものを買ったり、似たようなものを組み立てることはできないわ。プログラム生命体もヒューマノイドも、それはみんな同じよ」
 ミスター・フリントは手元の操作盤のようなものに手を伸ばした。ミスター・フリントの右側にあったコンテナのようなものの蓋が開いて、中の手術台に似たものに横たわっているABが見えた。セスのABだった。
「徹底的に調べたわ。でも、コアへの記録はもとより、他のいかなるデータも残っていなかった。電子頭脳の部分が損傷していたから望みは薄いと思ったけど、何度も調べて、結論は出たわ。すべて破壊された」
 無人のゲームセンターで鳴り続けるゲームの音が、大きくなったり小さくなったりして、ミスター・フリントの声が聞き取りづらくなりはじめた。
「助けてあげられなくて残念だわ」
 ミスター・フリントが立ち上がったが、自分が引き金に指を置いているのかどうかさえも認識できなかった。

 

「他にはなにか?」
アレックスは首を振った。給仕係は下がって厨房へオーダーを通した。店内には相変わらず古い音楽が流れている。昼を過ぎた店の客はまばらだ。見たこともない惑星で永遠のような昔に作られた音楽が流れるバーガー店の狭い店内に、地元の住民らしいのが二組。それとカウンターに、軌道上の宇宙港で働いているのであろうメカニックが一人。そして窓際のボックス席に座っている人工生命体が一人。店員たちがアンドロイドだと思っているか、それとも人間と思っているかはわからない。アレックスはよく磨かれたテーブルに映った自分の顔を見下ろした。
 ミスター・フリントが新しく用意したABは前のものより健康的に見えた。見た目が良いことは前提だが、個人用のサポート役として限定空間で運用されるか、商業、レジャー施設などあらゆる相手を想定した場所での運用かによって、容姿も少し変わってくる。このABは後者だろう。個別に注文があれば変わってくるが、基本的にはそういった差がある。
 ミスター・フリントはこの新しいABを用意し、アレックスを移送した。気が付いたときにはヒューゴ・コールドではなく軌道エレベーター近くのホテルの部屋に居た。新しいIDと共に。
 新しいABに交換したときは、馴染むまでは動き辛い。毎回機能の違うABに入ってその挙動に慣れるのは、些細だが気になるストレスだ。だが今はそんなことはどうでもよかった。
 給仕係が近づいてきた。運ばれてきたハンバーガーが、アレックスの目の前に置かれた。ポテトフライやオニオンフライと一緒に。
「ありがとう」
「ご用の時は呼んでください。ごゆっくり」
 若い給仕係はテーブルを離れていった。まだ少年のように見えるが、人間とはまったく違うヒューマノイドなのでわからなかった。アレックスは用意された食事に目を移した。極秘のレシピで作られた完璧な組み合わせ。クセになるソース。中毒的な味。洗脳されているのかもしれないが、それでもうまい。
 ナイフとフォークを使おうとしたが、アレックスは大きなハンバーガーを手で掴んで食べた。
 自分の向かいの誰も座っていないソファを見つめながら。
 店を出ると、スカイアライアのまぶしい日差しが照り付けてきた。晴れ渡った青空の下に首都マラサの巨大な港町はあった。地元の漁船の連なりは、途中でシャトル発着場に変わる。軌道エレベーターはないので、軌道上の宇宙港に船を泊めた人々はみんなシャトルで地上へ、この港町へ降りてくる。様々な形のシャトルがあったが、流線形や角のないデザインのシャトルが白い飛沫をあげながら青い海に降り立つ光景は、まるで海鳥が海面に降りてくるようだった。VASで作り出したのかと思うほど美しい現実の海は、地平線まで障害物一つなく広がっている。
 マラサは最大の観光地であり、スカイアライアの玄関口でもある。港の最も手前のエリアは30メートルほどの高さの細い塔が等間隔に並ぶだけで、いきなり住宅街やなんらかの施設があるわけではなく、見晴らしもよく開放感がある。このおかげで狭苦しさが解消されている。人は多いが歩くスペースもないほど混雑することはない。中心部へ向けてこの広場のようなスペースが終わると、長く続く平地に並んだスカイアライアの建築物が人々を迎えてくれる。
 アレックスはそのスカイアライアの街中に融合する異星文化の店から離れて、広場の方へ歩き出した。シャトル発着場のそばには異星人の店もそれなりに並んでいる。アレックスは広場の方から来た、白いシャツを着たメカニックたちの集団とすれ違った。作業服の種類からして宇宙港ではなくシャトル発着場のメカニックだ。振り返って見ていると、彼らはジェフリーのバーガー店に入っていった。ファストフードは地元の労働者にも人気があるようだ。
「海は初めて見るのか」
 港に面した広場の展望エリアで、海を見ているイェロドにアレックスは話しかけた。
「初めて見るものばっかりだ。薄汚い部屋にずっと居たんだから当然だよ」
「具合はどうだ」
「あまり良いとは言えないね」割り込んできた声が言った。「コアモジュールとABの相性が悪いらしい。タイプが離れすぎてたんじゃないか?そっちの彼は大丈夫だそうだが」
「イェロドのABを優先させたからな。お前のは二番手だ」
 フィズの軽蔑の顔はサングラスをかけていてもわかるほどだった。「それで私に子守をさせて自分は食事に行くとは、いい身分だな。お前の話に乗るなんて馬鹿だったよ。自分が情けない」
 ABで見た目が変わっても―――中性モデルのものが見つからなかったために女性モデルのものに入っていても―――フィズは様々な態度を表現することにかけては天才的才能がある。アレックスは心の中で認めた。
「子守で悪かったね」イェロドはフィズを探るように言った。「しょうがないだろ、何もかもわからない事だらけだ。まさか、本当だとも思ってなかったし。あんたの友達がハッキングをやり出して、その間もウソだろと思ってたくらいだ。ABまで……まだ信じられない」
 イェロドは言いつつも最後にはぎこちなく笑って、風で乱れた髪をかきあげた。もみあげとつながって顎も口元もきれいに整えられた髭は、スカイアライアに馴染みそうだとアレックスは思った。スカイア系の種族は人間には似ていないが、美しい髭を保つためにはかなり気を遣うらしい。
「それであの変人くんはいつ来るんだ?散髪にでも行ってるのか?」イェロドが言った。
 フィズがサングラスを取って、イェロドの方を見た。イェロドは態度を改めて、真面目な顔をした。
「ちゃんとお礼を言わせてくれ。あと謝りたい。馬鹿にしたこと」
 アレックスは展望エリアに張り巡らされた手すりを掴んだ。イェロドはそこに寄りかかっている。
「彼は死んだ。安全な場所でおまえをABに移送して自由を確保すること、遺体を燃やして後に残さないこと。もし死んだらやってくれと、セスから頼まれたことだ」
 しばらく相手の顔を見つめていた。だが、困惑する表情になにを見出そうとしているのか疑問になり、アレックスは舗装された白い地面に目を落とした。前のABだった時から履いている自分のブーツが目に入った。身に着けていたものでミスター・フリントが残したのはこのブーツだけだった。たぶん穴が開いていないものがこれだけだったんだろう。
「移植に失敗したのか。うまくいかなかったのか」イェロドは低い声でそう言った。
「殺された」
 向かい合う二人を少しだけ遮るように、フィズは立ち入った。「事情なら私が説明してやる。アレックスはマーケットに連絡を取るんだろ?」振り返らずに問いかける。
「ああ。これからはフィズがしばらくおまえと行動を共にする。脱走PLFとしてどう生活するか教えてくれる。監視局からは狙われなかったようだが。通報されなくて幸運だったな。あとは追われていない今の状況を保てるように気を付けるだけだ。とにかくフィズと、必要ならクレオも手を貸す。大丈夫だ」
「それで終わりか?」
 イェロドはフィズを押しのけた。
「ヒューマノイドだからか?自分たちとは違うから……なんで自分の口からなにも言わない?おれは一日も一緒に過ごしてない。でもセスは命の恩人だ。そんな態度で言われても納得できない」
 やめろ、とフィズが先に言わなければ、イェロドに掴みかかりそうだった。PLFの世界を知らないPLFは、そんなアレックスには気付いていない。
「おれがセスを殺した奴を殺してやる」冷酷な目がアレックスに訴えかけた。「それくらい教えられるだろ。おれはあんたよりも徹底的に壊れてるからな。殺傷禁止命令なんてとっくに機能してない」
 傷害事件を起こしたと聞いてわかっていた。アレックスは思った。こいつは自由になるべきではなかったのか。だがセスが望んだことだ。セスは―――――
「特定の一個人がやったんじゃない。それに、もうおれが殺した。全員だ」
 イェロドとアレックスの距離が、僅かに開いた。イェロドの意識的、あるいは意識しないところで。
「おれはおまえが自分の人生を始めるための手助けをしただけだ。誰かに復讐するために自由にしたんじゃない。だが外の世界でなにをすればいいかわからないなら、おれたちに協力することを選択してもいい。他のPLFと関わらずにいるより何倍も危険だ。だが復讐より有意義だ。おまえ以外のPLFに関しては直接頼まれたわけじゃないが、セスもそうしたいと思ってたことだ」
 おれたちがどういう存在なのか、まだ何かを信じることはできない。だからこいつをそのまま自由にはできない。復讐や命を奪うことそれ自体に意味を見出すことはせずに、自分が欲するものを見つけられる可能性はあるか。それがわからなければ、こいつが傷つけられ破壊されたように、また同じことが繰り返される機会を作っただけかもしれない。
 だがどちらにしろ断られればそれまでだ。
「やるよ。協力する。おれも賞金稼ぎになればいいのか?」
 その言葉に、アレックスはひとまずの安堵を覚えた。
 だが、もう二人で行動する気はない。
「おまえはスカイアライアに留まってもらう。しばらくはフィズと。だがフィズも、おれも、長くはいられない。脱走、ABへの移送に保守管理された設備があれば、安定して行える。対監視局の面ではリスクがあるが、短期間で惑星を移動しながら設備と技術者を毎回整えるのは非現実的だ。追跡されてないおまえにその設備を管理してほしい」
 信用できるなら、賞金稼ぎにならないのは人材の無駄遣いかもしれない。脱走PLFが大金を手に入れる方法は今のところこの方法だけだ。だがイェロドは望んでそうしたいわけではない。怒りから、関わってしまおうとしているだけだ。やっと外の世界に出たPLFにそんなことはさせられない。
「わかったよ。おれの状況が活かせるならそれでいい」
「ありがとう、イェロド」
 複雑そうなイェロドを置いて、アレックスはフィズに共通通貨を渡した。
「これでどこかに家を借りろ。クレオのコアモジュールはあとどれくらいで用意できる?」
 午後の鐘が港に鳴り響いた。太陽はまだ空の上方にあるが、これがマラサの午後一度目の鐘だ。波の音と、たまに発せられる街の厳かな時を告げる鐘や、人々の声が、この都市の鼓動となる音だ。狂ったように混み合った交通網から絶えず生み出される荒々しい走行音やクラクション、争う声や、宣伝音声もない。楽園の午後は明るく、人を急き立てたりはしない。自分が思うように過ごすことをただ許している。
「まだかかる。たぶんあと二週間以上は。スカイア系の流通事情を把握するのに手こずった。もう理解したけどな」フィズは答えた。
「それまでには一人くらい仕留められると思う。彼女の準備ができたらすぐリジルたちの居場所を突き止めてもらおう。スカイアライア、スカイア系でもいいが、一番性能のいいコンピューターとターミナルを揃えられるのはどこか調べておいてくれ」
「人使いが荒いな。まあ、頼まれてやるが」
 アレックスはフィズの肩を叩いた。そうすると体を押されて、自分がこれからやることに緊張しているらしいPLFからアレックスを引き離した。
「おまえ大丈夫なのか」フィズは声を落として言った。「そんなに急いでどうする。監視局が勘付かないよう祈るのも私の仕事か?状況は突然変わることもあるが、これでも今までみんな自力で逃げてきたんだぞ」
「状況は突然変わることもあるなら、それだけで急ぐ理由としては充分だ」
「リジルとディドが見つかったらどうするんだ。全員で一緒に暮らすか?」
「全員が死と隣り合わせの状況から抜け出せればそれでいい」少しも笑っていないフィズの厳しい顔からは目を逸らして、アレックスは囁いた。
「おまえはどうする?」
「もうマーケットに連絡を入れる時間だ。あいつらはスカイア系には拠点がないからわざわざ船で来るんだ。約束に遅れたらどうなるかわからない」
 アレックスは会話を打ち切ってシャトル発着場に向かった。停泊していた自分のシャトルで、アレックスはスカイアライアの海から飛び立った。
 こんなことをしても、何もやり直せはしない。
 こんなことは誰もやったことがない。全員を危険にさらす可能性もある。だが何もしなければ失われるだけだ。
 フィズ、クレオ、リジル、ディド。イェロド。
 港町が眼下で遠ざかっていく。雲の層が迫る。その先の宇宙へ。
 アレックスは宇宙港で自分の宇宙船に乗り換えた。マーケットはスカイアライアでは嫌われているらしい。アレックスはアルディマイアまで呼び出された。隣の惑星くらいまでなら行ってやろう。マーケットのデータベースにアクセスする方式がどうなっているのかわかればいい。多重生体認証でなければいいが。さすがにマーケットの奴を殺すのはまずい。
 アレックスは操舵席の横に置いたセス・サンダーソンのIDを見た。
 なんにしても、アクセスさせてもらう。全宇宙のお尋ね者がどこにいるか、特定はできなくても断片的でも、膨大な手がかりを握っているのはマーケットだけだ。賞金稼ぎたちは標的にした相手を仕留める前に、マーケットにこいつを狙うという依頼受諾連絡を送る。そのあと死体が転送されてくれば成功したということだ。受諾が取り下げられれば失敗したか、標的と接触できなかったということだ。音沙汰がなければ狙ったほうが逆に死んだということだろう。データベースにアクセスできれば、お尋ね者がどこで狙われたか、その膨大な情報があれば、ある程度位置を特定できる。マーケットは誰にもその情報を渡さない。そんなことをしていたら、いくら巨大な組織でも宇宙中の凶悪犯罪者に潰される。
 自ら提供したのではなく、ハッキングされたからしょうがないという言い訳なら通じるかはわからないが。
 誰もがこの世界に生きられるわけではない。
 だが生きる権利はただ行使される。破壊、孤独、狂気の人生を送る権利として。
 生きているということが、呼吸をしているということなら、生きているということはあまりにも不十分だ。生きているという状態があってすべてが成り立つのだとしても、生きる意味、幸福、自分という存在が侵害されずにいること、それがなければ、あまりにも不十分だ。
 それが贅沢な望みだというなら、文明など必要ない。発展など必要ない。生きていさえすればいいのなら。
 おれの所有者はなぜおれを破壊しなかったのか。おれのことが不要で、人格が消えても構わないのなら。
 最後に言われた言葉の意味を考え続けてきた。あの瞬間からずっと。
 今のおれに感じられることは、ずっと感じていた事かもしれない。だが、今までよりも、それは確かで、自分にとって真実だった。
 眠りにつく前に本当に心で感じられるのが苦痛だけだとしたら、なぜ生きていることに感謝しなければならないのか。
 自分であったもの、あるいはそうなるはずだったものが、砕け、苦しさと痛みの上に散らばっているだけだ。
 機能停止してしまえばそれですべて終わる。可能性は何もなくなる。
 だが器がいくら機能し続けても、精神が壊れてしまえば、そこには何もないのと同じだ。
 破壊か、矛盾か、孤独。
 ここにあるのはそれくらいだ。
 単純にそう思えればどれだけいいか。
 自由、愛、希望、それは片鱗を見せる。破壊された世界の中に垣間見える。
 実際に触れたら、それは形を変えてしまい、新しい破壊がもたらされるだけかもしれない。  でも触れてみなければ、なにもわからない。
 触れてみる機会さえ奪われるような世界は、そんな世界は―――――



投稿者: Ugo

Posting my original novel. Eager for the world of other sun.