Farther Than Pale Blue Dot ch.1

ここは淡い青よりも深く遠く

 

chapter 1

いつ、こうでなきゃいけないってのに取り憑かれるのか?
私たちは地球という惑星から植民しました。そう教えられた時か。それとも。

「サー、失礼ですが階級を確認してもよろしいでしょうか」
 おれはグラスを下ろしてバーテンダーに笑いかけた。今夜あなたの部屋に行ってもいいわ。そんな笑顔で。彼はニコリともせず持っていたタブレットをカウンターに置いた。
「つれないな。少佐の誘いを断るのか?」
「連邦軍調査船史上、最も高い階級ですね。本当なら」
 タブレットには、地球連邦軍人というより反政府組織のメンバーみたいに世の中を憎んでる顔のおれの写真が表示されていた。写真の横の階級欄には何も書いていない。
「ミスター・キュビワノ、ここは士官専用エリアです。系外雇用者(ノン・アーサー・エンプロイー)の方は、申し訳ありませんが退出してください」
「ご丁寧にどうも。認めるよ、残念ながらおれが少佐じゃないことは。でも見てほしいんだが、十七の時から地球のために働いてる。なのにタダ酒の一杯も飲ませない気か?」
 バーテンダーは、助からない死にかけの動物を見るような目でおれを見た。
「あんた、ここへ来てから何杯飲んだかも思い出せないらしいな。まだ仲間でいたかったら今すぐ出ていけ。それか、上着を預かろうか〝ミスター・ニー〟」
「なにか問題か?」
 おれがバーテンダーを殴る前に暑苦しい声が響いた。忠誠心と大胸筋ではち切れそうな制服と、その胸のマシュー・P・ジョーンズ少尉という立派な地球の名前からおれが顔をそらすと、おれの左耳のインダストリアル・ピアスに少尉は眉を顰めた。そしてすぐにタブレットに視線を移すと、さっさとおれを連れ出して事態を処理しようとした。
 ふらつきつつもおれは我ながら素早く身をかわして椅子から降り、少尉の筋肉質の腕から逃れたうえに転ばずにいられた。
「バーに来たときは少し職務を忘れるべきですよ、少尉」
 ジョーンズ少尉は一瞬こっちを睨んだが、自分を貶めることはないと思い出したのか毅然と背筋を伸ばして、施しをするかのように言った。
「自分の船に戻れ、調査員。きみの奉仕には感謝している」
 おれは間違っていると思った。わかっていたから。その程度の言葉で引き下がるべき現実も十二年間の事実も、事実に怒ることも。だからおれは間違っているのを承知で少尉の顔を殴り、周囲がどよめいてバーテンダーは今すぐおれを除隊させるためにセキュリティを呼ぼうとし、何人かの士官は加勢しようと席を立った。
「誰も余計な体力を使わなくていい」自分の声のデカさに驚き、おれはトーンを落とした。「奉仕する気なんかなかった。見返りがもらえないとわかったから降りたんだ。そのつまらないデータベースもすぐ修正されるはずだ。おれは自分の意思で軍を辞めた」
 もう必要ない制服の上着をバーの床に脱ぎ捨てて、自分の腕にある植民星の一つを表すタトゥーを見せつけながら、おれはその場の全員がよく聞こえるように言った。
「二度と、こんなクソ連邦軍には勤めないと誓う。あんたらにも今後一切迷惑をかけない。ご安心を」
 おれはくだらない地球連邦軍士官専用のくだらないラウンジを出て行った。

 

SA94NOステーションはタンクトップと作業用ズボンで歩き回るには寒かった。貨物ベイ近くの暗くて薄汚い廊下で目が覚めてから、そう気付いた。
地面から這い出てきた青い毛のネズミのような気分で、インフォメーションセンターや土産物屋が並ぶロビースペースに出ると、照明はまぶしいし、まわりでちゃんとした服を着たまともな搭乗客からの視線が突き刺さるしで、頭痛がひどくなった。
 ここがシーカーエリアの要衝ステーションでよかったよな。心の中だけでおれは言った。調査船が赴く、神秘も霞むほど退屈で、同時に危険な辺境では、シーカー種族でさえ変わった見た目の奴がいるしトーカーに出会うことさえある。それが当然の場所でそんな好奇の目を向けたら、楽しいことにならないのは確かだ。
 まあここにいる奴らはそんな場所行くこともないから、関係ないんだろうが。
「…発イベリアン・プリンスにご搭乗のお客様にご案内いたします、最終搭乗時間は…」
 アナウンスを聞きながら、おれは休憩スペースの椅子の一つに倒れ込んだ。 ケタルドライブを搭載したクルーズ船や軍の船が、何隻も何隻も何隻も飛んでいく。天王星や木星や火星や、地球へ。そんな船がすぐそこにある。だが系外雇用者は一生、自分の目で淡く青い点の本当のすがたを見ることなく死ぬ。おれの両側の席はいくつも空いてるのに全員が別の席を探しに行く。植民星のタトゥーが入った奴の隣には座りたくないか?いや、きっと美化された毒の海のデザインが嫌なんだ。おれだってそうだ。
 こんなのはいつものことだ。それでも地球連邦軍人の系外雇用者は別物だと思ってたから、気にしなかった。おれたちは地球に行ける。おれはいつか、地球に歓迎される。 そうやって、なんとか呼吸していくための現実逃避に時間を浪費しすぎた。
「地球なんか嫌いだ」
 はっとしておれは自分の周囲を見回した。意識は朦朧としてるが、さすがに自分の独り言を他人の声と間違えたりしない。誰の声だ?すぐ近くで聞こえた。 だが、おれに話しかけてる奴なんて一人もいなかった。
 気付くとおれは地下のナイト・セクターに降りて、ロウアー・ビーチと書かれたピンクの看板の下で案内を読んでいた。一晩五万CBから。いかれた価格設定を納得させる情報はどこにも見当たらなかった。ビーチの香りもしてこなかったが、蛍光ライトの下で絨毯に落ちているゴミ屑の数を数えながら、耳が痛くなる音楽の波に流されて、おれはダンスフロア横のバーカウンターに座礁した。たぶん海の底に沈むために。その時ポケットの中でハンディが振動し、取り出すとメッセージのアイコンが点滅していた。

 

 キュビワノ副長へ
 今から出航します。やっとエンジンの機嫌が直りました。
 あんなまずいホットドッグを食べさせてしまって、すみません。 副長がいないなんて、まだ信じられない。でもこんな状況じゃ誰も船を降りない事のほうがおかしいのかもしれません。おかげで、上を目指したい気持ちがはっきりしました。ぼくが植民星を認めさせて、誰でもケタルドライブ船に乗れるようにしてみせます。
 無理かどうかは、確かめないとわかりませんから。
 お幸せに。

テニエン・ライリー

 

 ハンディを握ったまま、それ以上スクロールできない画面を、おれは見つめた。 ライリーは優秀な部下だと思ってたが、勘違いだったかもしれない。なにを馬鹿なこと言ってるんだこいつは。上を目指すって地球政府代表にでもなるつもりか?疲労感が増して、注文した難解な名前の酒を機械のアームから取り落としかけた。
 ライリーの親は、植民星出身者と地球人だ。あいつはそのことをおれにだけ話した。おれが他のクルーとは違うと、しつこく思い込んで。だからその副長はただの最低野郎で、軍を辞めて、婚約者の女が待つ故郷へ帰ってなにもかも諦めるんだ、と教えてやった。
 軍を辞めることと最低野郎だってこと以外は、嘘をついた。あんな場所に帰るわけはないし、婚約者なんてものもいない。婚姻優遇制度があった時は結婚も選択肢の一つだったが、過去の話だ。人間同士で結婚し、人間の純粋な子孫を増やせば立派な地球市民。おれは、おれたちはそう言われて育ってきたことをわからせたかっただけだ。
 機械が管理する無人のバーカウンターに一人で座るおれの後ろを、ダンスフロアを目指す若いシーカーたちが何人も通り過ぎていった。人間も異種族もいたが全員シーカーだ。ダンスフロアは直立二足歩行の種族のものだなんて注意書きは見たことないが、トーカーが踊っているのも見たことがない。タンクに入った水と喋ったり踊りたいとは思わないが。
 難解な名前の酒はかなり強く、もう一杯必要な気がした。 と、宙に上がりかけたおれの手は掴まれて、カウンターの上に強制的に戻された。
「飲みたいならこっちにしとけよ。それの二杯目は自殺行為だ」
 そいつはおれの目の前に置いたグラスに透明な酒を注ぎ、それをおれが無言で飲むと、タトゥーの入った手でボトルを傾けて無言で二杯目を注いだ。それも飲み干してから、おれはグラスをふさいで男の目を見た。「おまえのおごりか?」
「久々に同胞を見た記念だ」
 薄暗い照明の中でヴァイレルト・メカニックというロゴが入ったシャツの右袖をめくり、男は、毒の海を抱く植民星ギールを表すタトゥーをおれに見せた。
「あんたみたいに見せつけて歩く勇気はちょっとないけどな」
 三杯分の料金をハンディから支払って立ち上がろうとしたおれの肩に、男は手を置いた。
「いまのは褒め言葉だよ」
「そんなことはどうでもいいんだ、兄弟。おれはいま人生のどん底で、こうなったのはこのクソ冷酷な宇宙が悪いんだと言いがかりをつけてる。なにも考えられないし、なにも考えたくないし、誰の顔も見たくない。特に同郷の人間は。このまま怒りが限界に達したらおまえを殺すかもしれないから、嫌だったら手を放したほうがいい」
「そっちこそ明日の朝、保安部の快適な拘束室で目が覚めたら嫌だろ。話なら聞く。ちゃんとおごるからもう一杯飲めよ。ギールのどこ出身なんだ?おれはルィンの南だ」
「どうでもいい」
「ルィンはヒルギダマシの植樹管理地区なんだが、土壌環境メーターや浄水装置を見守ってるより、もっといろんな文明の機械に触れてみたいと思ってね。新しいものに自分で触れて試す。生きる歓び。わかるだろ。あ、今は無理か」男は悪かったというように肩を叩いてきた。「だからこそ励まし合おうということだ。境界のない愛をもって」
 肩を叩いた手が、カウンターの上にあるおれの手を握った。 握手じゃなく、力強く元気づけるのでもなく、男はあくまでも優しくおれの手を握った。
 あまりに突然で、植民星出身者同士で当然発生するこの状況を理解する時間がかかった。 「悪いが、おれは〝境界のない愛による団結〟は信じてない」
 汚いもののようにおれが手を振り払うと、お湯の方に蛇口をひねってるのに冷水しか出なかったみたいに、男は首をかしげた。
「純粋な気持ちで言ったつもりだったんだが。そもそも純粋な協力のためのモットーだ」
「ふざけるな。植民星の誰も純粋になんか考えてない。好き勝手に異種族とでも誰とでも結婚してる。その他のこともやってるだろうな。だがおれを巻き込むな」
「ほんとに、団結するものは認めるって考えを共有したかっただけだって。宇宙は危険だ。同族であるかと同じくらい、味方かどうかってのは重要だろ?」
 否定されるなど露ほども思ってない様子が、酒が回ってきたおれの癇に障った。
「同族であることが一番重要だ。おれは地球に賛成だね」
 男は余裕ぶった表情を崩し、一瞬、怒ったような困惑したような顔をした。
「同じ仲間なのに地球に拒否されたおれたちが、どうやって種族主義者になれる?一度は馬鹿げた婚姻優遇制度で人間が必要だって呼び込んでおいて、こんどは太陽系外植民者の帰郷制限なんて、ひどいって一言じゃ片付けられない。人口過密とか言ってるが、地球だけじゃなく太陽系全体に適用するなんておかしいよな?つまり一度も故郷を見たことがない〝地球人じゃない〟人間の流入が怖くなったんだ。その告白に等しいよ」
 こいつの口から次々飛び出してくる言葉、おれが頭から追い出していた考えにまた痛めつけられないよう耳をふさぎたかったが、もう無駄だった。
 おまえたちは我々とは違うから地球に住むな。地球への移住なんてありもしない見返りを求めて地球のために働く愚か者への最後の慈悲の一撃。だがそこまでされても、おれの船の誰も、船を降りなかった。親が一人でも太陽系出身の場合は帰郷を認める、その免罪符があるテニエン・ライリーを除いて、もうここ以外に居場所はないと全員わかっていた。
 だからおれは船を降りた。地球に縛られた挙句ぬるま湯の中で死ぬより、冷酷な宇宙に殺されたほうがましだと思って。だがエアロックから飛び出さないかぎり、宇宙は一瞬で手を下してはくれない。いつも死ぬ前に、人の温もりがないことを後悔させる。
「地球を信じてたクソ調査員はとんでもないマヌケ野郎だってことだろ」
 惨めさに喉元まで押さえられているおれに、男はため息をついた。
「あんた地球連邦軍人か」
「元地球連邦軍人だ」
 憐れむように手渡されたグラスを無感情に受け取ったあとで、おれはなにかを分かち合ったかのようなその行為を取り消したくなったが、男が口を開いて邪魔をした。
「おれの元恋人は地球人だった。一緒に生活したいって言うのは勇気が要ったよ。コロニー環境学者だったから、彼女の勤務先の船でおれは機械修理を続けながら、生活できればと思った。でも、立場があるとかどうのって。家族と乗船してる同僚はたくさん居るって聞いてたんだが。考え続けてたら、修理中の機械を逆に壊してた」
 タトゥーに染まった手の甲が、グラスの残りを飲んで顎にこぼれた一滴を拭った。
「わかりあいたいと思っても上手くいかない。わかるはずもないと思えてくる。自分が努力してないのかも、と考える。でも触れるのが怖くなって、そうなったら、おれたちは違うんだっていう投げやりな孤独にまみれるだけ。そもそもが同じだと思ってたから仲間になりたかったのに、違うんじゃ前提が崩れるよな。そしたらもう動けない」
 オイルや塗料で汚れているつなぎの上部分を脱ぐと、メカニックの男はあの難解な名前の酒を慣れた発音で注文し、一息に流し込んだ。右腕のタトゥーはギールの印だけだったが、左腕のものは白鳥座、そして北アメリカ星雲とペリカン星雲を表していた。
「おまえだって地球を捨てられないんだろ」
 クラブミュージックの中で聞こえるぎりぎりの音量でおれが言うと、タトゥーだらけの男は捨てられた子犬のような顔でこっちを見てから、自嘲気味に笑った。
「憎むのは無理だな。ただ、なにかを変えないと、捨てるしかなくなる。思うんだが、おれたち仲良くなれそうじゃないか?」
 酒のボトルを差し出されて、おれは丁重にそれを返した。「おれは、おれのこのクソな人生を修理しないと。一人で。他の奴らにはできない。メカニックにも無理だろうな」
「保証しよう。おれは他の奴らとは違う。まだ灰色かも、だがアヒルじゃない。それにたぶんあんたはまだ怒りで消耗しすぎで、修理する心の準備ができてない。まずは一緒にあの楽しそうなグループのとこへ行かないか?頭を空にして、リラックスするんだよ」
 男が指差した先のダンスフロアでは、カルキノス人の踊り子たちが完璧な曲線を描く腰をくねらせ、星雲のような瞳で、見つめる相手全員に現実を忘れさせていた。
「必要なのは愛だ」メカニックの男は踊り子たちの方へ歩きはじめた。 使い捨ての快楽の間違いだろ。そう思いながら、片足は誘惑の沼に沈み始めていた。立派な地球市民でいようとした無駄な時間と自分を、おれは酒で腹の底に押しやった。
 それは修理じゃない。それじゃなにも解決しない。また目をそらしたな。
 もう一度、喉が焼けるほど酒を流し込んだ。思考はもっと不鮮明になった。それでもおれ自身がおれを苦しめようとがなり立てる音は完全に止まなかった。それを無視するために、おれはメカニックの男を追ってダンスフロアに飛び込んだ。

目が覚めると、時計は十一時五十九分で、お日様マークがおれに笑いかけていた。
最近頭が痛くないことがない。窓の外をじっと眺めると、舷窓からは黄土色の惑星が見えた。そしてその向こうには、二つのまぶしい恒星の輝き。
SA94NOステーションは惑星軌道上にはないはずだから、そんなのはおかしいが。 おれは振り返った。背後でドアを閉める音がしたせいで。
 目の前の現実を受け入れがたいとき、できればなんでこうなったんだと考える時間があるのが望ましい。一人で、安全な場所で。だが、他人がどう考えるにしてもおれの目に、認識にとっておれは安全ではなく、一人でもなかった。 振り返った景色にはメカニックの男が立っていた。服を着ていない。鍛えられた体の、贅肉のない腰にバスタオルを巻いて、もう一枚のタオルで髪を拭いている。おれはベッドの上にいる。ついでに言うと、おれも何も着ていない。
男はおれを見下ろしながら、誘惑的な笑みを口元に浮かべた。
「おはよう」
 そんな顔でそんな声でおれに、おはよう、と言った奴なんて今までいなかった。冷静な悟りの一瞬が終わったあとでおれは金縛りから解け、怒りで思いつく限りの罵倒を浴びせながらシーツを体に巻き付け、それから初めて罵倒以外の言葉を叫んだ。「なにしやがった?なにがあった?ここはどこだ!」
「落ち着けよ。ここは位置的にはキン・イドハ系の第二惑星だ。SA94NOステーションからケタルドライブでほんの数秒。まあどこでもそうだが。今いる部屋はその惑星軌道上に停泊中のアロケ・ティカエ号の一等船室で、とりあえず目的をはっきりさせよう」
 右手を前に突き出して「それ以上近づくな」と近寄ってくる男に警告し、おれはとにかく服を探した。どこかに脱ぎ散らかしてるはずだ。素っ裸でこのどこだかわからない、クソ宇宙船の部屋に来たってことはないだろ?でもなにも思い出せないし床には服が一つも落ちてない。そこで造り付けのクローゼットに気付き、扉を開けてその後ろに隠れ、ハンガーにかかっていたシャツとズボンをすぐさま鷲掴みにした。
「それを着ながらで構わないから聞いてくれ、おれが頼みたいことは一つだけだ」
「もういい、おれに話しかけるな」
 急いでズボンのジッパーを閉めていると、人の話を聞く気がないらしいメカニックの男はいきなりおれの盾であるクローゼットの扉を閉めて、目の前で片膝を立てて跪き、おれの手を握ってきたので、蛇に噛みつかれたみたいにおれは手を引っ込めた。
「………まあいいよ。フリでいいんだ」
 至近距離で立ち上がった男はおれの顔を見下ろして言った。
「おれの恋人になってくれ。ケイデン・キュビワノ。少しの間だけでいい」
 返す言葉もなく、時が止まった。おれはその状況に立ち尽くした。いったい何をやらかしたんだと自分に問いただした。見境なく酒を飲んだ。それはおれ自身の自己破壊的欲求だったかもしれない。だがそのあとは、憶えてない。状況がいかれすぎている。どうしたらこうなる?すべてがこいつの策略なら自分を許してやれるのに。でもそれならおれは罠にかかって食われるのを待つだけの獲物だ。ふざけるな。
「お前の言ってることは何一つ、ワケがわからない」
 そう言って、いかれたメカニック男の目障りな体を押しのけたおれは、出入り口のドアに触れた。吸い込む酸素がないみたいに、とにかく一度この閉鎖空間から出たかった。これ以上この光景を見たくないしこいつと居たくない。
「待って」
 知らない声が言った。必要のない好奇心がおれを振り向かせた。
 そこに立っていたのは声から想像した通りの若い女で、記憶のどこかから浮かび上がってきたカルキノス人の踊り子に劣らないほど美人だった。肩より下まで伸ばした髪は明るい青色。瞳はブルーグレー。モデルのような体に似合わないタンクトップと、上部分を脱いで腰で結んだメカニックのつなぎのズボン。右腕のタトゥーは毒の海、左腕には白鳥座。
「これなら話を聞いてくれるか?ちゃんと聞けばワケわからなくないさ、たぶんな」
 彼女はそう言った。



chapter 2 へつづく

投稿者: Ugo

Eager for the world of other sun.