Farther Than Pale Blue Dot ch.2

ここは淡い青よりも深く遠く

 

chapter 2

「青い海と砂色の要塞が私の目の前に広がった。黄金に輝く太陽の暖かさとともに、色とりどりの感覚が私の肌を包んだ。たくさんの生き物がいた。一人が私の肩に手を触れ、道に迷ったのかと尋ねた。私ははじめて、私たちと同じように考える生き物に出会った」
 海をのぞむ港町を投影したスクリーンをバックに、白い毛で包まれた冷蔵庫みたいな形と大きさの生命体が、やたらと抒情的に役を演じていた。その劇を、役者と見分けのつかないまったく同じような生命体たちが見守っていた。アロケ・ティカエ号の舞台が併設されたカフェは混みあっていたが、メカニックの〝女〟が「ロステノです」と言うと、係員の白い毛玉は、舞台が一番見やすい中央のボックス席におれたち二人を案内した。
 席に座るとき、おれたちの体は一瞬だけ急接近した。メカニックのつなぎを全身着込んでも、その胸や腰は充分男を誘惑できそうに見えた。だがこの隣にいるのは女じゃない。自分に言い聞かせて、気持ちを落ち着けるために左耳のピアスに触れた。
「非ヒューマノイドだらけの場所で脅して話を聞いてもらおうってのは、いい作戦だな」
「トーカーって傷つきやすいから、そういう言葉はやめてもらえる?シーカーさん」
「おれはすでに相当な精神的ダメージを受けてるんだが。ミス、違うな、ミスター・ロステノ。それも偽名か?」
「もう嘘はつかないから。シャウプト・ロステノ。ロスでいいわ」
「その喋り方をやめろ。本当は男なんだろ」おれは劇に目をそらしながら言った。
「シェイプシフターに〝本当は〟なんて無いの知ってるでしょ?生まれて最初にとった形態は人間の男だったからそのほうが落ち着くけど、トーカーにとって外見は重要じゃない。目で見えるものを楽しむことはあるし、シーカーと居るときはある程度合わせるけど」
「ありがたい気遣いだな」
 彼らは探し求める。私たちとは異なる方法で。舞台の毛玉が言った。全員同じ見た目で衣装も着ていないせいで、立ち位置がすこし変わっただけで誰が誰だかわからなくなり、おれは仕方なくロスに向き直った。
「ギール出身ていうのは当然、嘘だよな。そのタトゥーもメカニックどうのも。なにもかもおれを騙して船に積み込んで、丸焼きにして食うための詐欺か」
「シーカーって、どうしてみんなシーカーじゃないことイコール人食いって考えが好きなの?顔や手足がなかったらすぐ慌てる」彼女は、じゃなく、ロスはブルーグレーの瞳でおれを捉えた
「手荒な方法で船に乗せたことも、同胞だって嘘も、それは全部謝るわ。ごめんなさい。でも今年のシーカー・ミーティングにパートナーを連れて行けなかったら、外の世界に出られなくなる。何も難しくないから、協力して。お願い。あなたは私と一緒にいて、興味津々のケタルたちの前でにっこり笑ってるだけでいいから」
 おれは頭の中で反芻した。
 だが目の前の人間が人間じゃないことも完全に理解できていない状態では、情報過多で、さらに強制的に握手をされて余計に混乱した。ロスの手はあたたかい人間の手以外のなにものでもなかった。
「みなさんの宇宙旅行を飛躍的に向上させるコンパニオンに会うのは、はじめて?」
 歴史の授業に出る演説の言葉を茶化して、ロスは探るような視線をおれに向けた。おれはただ驚きと畏怖に顔をこわばらせ、相手をがっかりさせたらしかった。ケタル。ケタルドライブの発明種族。ケタルドライブ船の唯一のパイロット。ケタルティオイド。
「そんなに緊張しないで。って言っても難しいだろうけど。ほとんどのシーカーはパイロットのケタルしか知らないから、親近感なんか湧くわけない。それが問題だと思わない?コンパニオンが聞いて呆れる。ケタルドライブ船は何千とあってもパイロットは機関室に引きこもってるし、話したこともない奴と友達になれないのは当然だし、結果エンジン扱いされても当然というかさ。謎に包まれてるから余計に怖がられるだけじゃない」
 そんなことを言われてもおれに議論する知識はないが、最後の部分だけは、ケタルドライブ船に縁のない系外雇用者の世界では事実だった。その船にすらほとんど乗ったことがないのに、操縦する種族に会うなんて想像したこともない。
 白い毛玉の熱演を観賞する横顔を見つめたら、その像が揺らいで人間ではないなにかが現れるのではと集中してみたが、おれの目に見えるのは隣に座っているギール出身の美人だけだった。 つまりは、証拠はなにもないということだ。たしかにシェイプシフターかもしれないが、ケタル以外にも姿を変えられる種族はいる。おれは冷静さを取り戻し始めた。
「出会いが最悪だったことは認める。でも危害を加えようとかいうんじゃなくて、ただパートナーのフリをして、一緒にシーカー・ミーティングに出てほしいだけ。なんのことはない式典だし、一緒に式典に出てくれたら、そのあと地球につれて行くから」
 ロスは美しい顔で言った。
 ちょっと間、頭が真っ白になったが、あってないような植民星出身者の尊厳が粉々にくだけかかっているのはわかった。
「今さら、地球に行ったって関係ないだろ」地球という言葉が喉につかえたが、おれはなんとか言葉を続けた。「おれの親は二人とも植民星出身だ。地球には住めない」
「でも実際見るだけでも違うでしょ?他の場所でもいいけど。どこでも好きな場所に、安全無事に送り届けるって約束する。私はパイロットじゃないけど操縦はもちろんできるから。オススメの第一候補はヴァランかな。地球と友好関係になって長いし相互に移住者も多い。ヴァラン人はいい奴らだよ。ヴァランに居ればそのうち太陽系にも住めるかもしれないし。それかスカイア系は?トーカーもシーカーもお互い仲良くやってる。エネルギー非武装の法のせいで効率よく争えないってのが現実だろうけど。でも楽園みたいな所に変わりないし、色々体験するには最高。地球へ観光してからどこかへ行くんでもいいし」
 喉につかえさせる言葉さえ見つからないおれに、言いたいことを言い終えたと確信したらしいロスは勝手に立ち上がった。
「考えといてね。船長に挨拶しないといけないからちょっと行くけど、好きなように船を見て回って。私たち賓客扱いだから。飲食も全部サービス」
 引き止める間もなく、ロスは白い毛玉に愛想を振りまきながらカフェを出て行った。
 正気を保つためには座っているだけでは不十分で、おれはテーブルのホロメニューを呼び出した。意味不明なメニューを懸命に操作し、コーヒーらしきものを手に入れた。コーヒーは好きじゃないが今はカフェインを脳にぶち込む必要がある。 一口飲んで、メープルシロップを直接飲んだようなその味におれは盛大に咳きこんだ。

黄土色の惑星は、シーカーエリアからは外れた飛び地のような場所にあり、当然太陽系やギールからも気が遠くなるほど離れていて、キン・イドハ系のどの惑星にも、地球関係はもちろん、おれを助けてくれそうな組織に属する船の行き来はない。
5分前、毛玉たちがもさもさとシャトルから降りて、自分の船室だか持ち場だかへ戻ろうとしている様子を、巨大なシャトルベイの出入り口の隅からおれは見ていた。時間に追われているのかどの毛玉も急いでいて、カフェに一人でいた時に感じた注目の視線はここでは感じなかった。おれは見られていた。やつらに目はないのに。あれには恐怖を感じた。
 とにかく素早くシャトルを奪って惑星に降りられれば、このいかれた世界から脱出できる。あの場では取り乱したが、何を言われようとあんなやつ信用できるわけがない。おまえを地球人にしてやると言われたわけでもない。
 そう決意して、貨物コンテナの影でハンディの電源を入れた。保護スーツもなしに、エイリアンのシャトルで未知の惑星へ強行脱出する前に。接続可能な電波はなかったが、インストールしてある既知星系データベースでキン・イドハ系を調べた。
 その結果、どうにかあの黄土色の惑星に降りてもそこで死ぬしかないとわかったわけだ。
 苦労してたどり着いたシャトルベイから、おれは出て行った。
「お二人に祝福を。しかし、私たちはご一緒できません、パートナー。ジェリドは私たちにとって神聖な場所ですから。式典のあいだ私たちはヤンシパンで待つのが慣例です」
「お二人に祝福を!式典にケタルのみなさんが集まった光景はすばらしいでしょうね!」
「シーカーの方をこんなに近くで見たのは初めてです。私は三か月前に生まれたばかりで。シーカー・ミーティングのエスコートは名誉です。お二人に祝福を」
 一大決心をして喋る毛玉生命体に話しかけたおれの気力は、助けを求められる奴はいないと証明するために浪費された。生後三か月の毛玉から逃げるようにリフトに乗り込み、おれは一番上にあるボタンを押した。
 辿り着いたフロアは展望ラウンジだった。まわりに毛玉たちは見当たらない。おかげでやっと、手や足や目が自分にしかないことを気にせずに済んだ。床から天井まである巨大な展望スクリーンの前に立つと、暗闇と星々の輝きが視界一面に広がった。それは飽きるほど見てきた、うんざりするほど見慣れた光景だった。宇宙が同じであることに少しだけ安心し、腹が減っていることを思い出した。
 二十四時間以上、まともに食べてない。カフェで思い出していれば。だがステーキの形をしたチョコレートが出てきたりしたら吐いていたかもしれない。
 SA94NOステーションでライリーと食べた、乾燥したホットドッグとコーラがたぶん最後の食事だ。最低な味だった。だがいまここにホットドッグとコーラと、ライリーがいたら、ひどい事を言って悪かったと謝るだろう。
 自分に正直なライリーはおれにもそう求めたが、おれは何年間もかかって、地球の望む人間になるために自分を変えてきた。自分を肯定して、支えるために。それを変化させたら、自分でさえ自分がわからなくなる。それが自分に正直になるって意味だとしても。
 それでも、なにか言葉をかけるべきだった。おれがくだらない嘘をついた後も見送りにきたライリーに、礼の一つでも言っていれば、士官専用ラウンジに制服を捨ててくるほど酔うこともなく、こんなところで一人きりになることもなかったはずだ。おれは正直になれず、嘘を現実にすることもできず、すべてから離れていってる。植民星から、地球から、人の世界からさえも。
「すみません、もうすぐ出発するので、部屋に戻ったほうがいいですよ」
 彼は、意識が展望ラウンジに戻ったおれの肩に触れた五本指の手を、ゆっくりと離した。
 男には手も足も目もあった。そのシーカーは人間の男だった。

「あんた人間、か?人間だよな。助かった。今までどこにいたんだ?クルーなのか?」
かわいそうなことにおれは少しおかしくなっていたが、若い人間の男は呆れる様子もなく、自分の肩を強く握ってくるおれに落ち着き払って対応した。
「クルー、まあそうですね。さっき言ったとおり出発まで時間がないので、部屋に戻って着席するかベッドに体を固定してください」
 人間のクルーは早々に立ち去ろうとした。
「待ってくれ。できればまた話せないか?この船に乗ってると正直困惑するから」
「すみません。忙しいので。あなたの部屋に行くにはあそこのリフトが一番近いですよ」
 男の冷え切った表情を見て、おれは心の中で即座に反省した。この船に勤務してるクルーに対してなに言ってるんだ。この船に乗ってると自分も植民星の労働者みたいで正直困惑するんですよ。なんて言われてたらどうだ。ちくしょう。
「すまない、ほんとに、失言だった。その、人間が食べられる食事を出す場所を知ってたら教えてほしい。いろいろあって賓客扱いというかタダで飲み食いできるんだ。こんだけでかい船なら、普通のクルーは入れないラウンジとかあるだろ?次の休憩の時でいい。一緒に行かないか。人間同士の時間を持ちたいんだ」
「私がケタルティオイドなのはわかっているでしょう、ミスター・キュビワノ」
 人間の姿をしたケタルティオイドは、物理的な衝撃を受けたように後ずさったおれを、まっすぐに見つめた。
「ロス?」
「いいえ、私はパイロットです。この船には人間はおろかシーカーは一人も乗っていませんよ。あなた以外は一人も。乗船前に説明を受けませんでしたか?それより、ずいぶん、精神的に参っているようですね。ケタルのパートナーなのに、トーカーが苦手みたいだ」
 男の目はライリーと同じ榛色だったが、同じなのは色だけでなんの温かみもなかった。そのことに無性に腹が立ち、こんな奴に出し抜かれたくないという思いに駆られた。
「苦手なわけないだろ?ケタルは別にして、今まで会ったことのない種族に囲まれたら誰だって緊張するはずだ。今さらこんなにナーバスになるのは情けない話だが。十年以上あちこちまわったが、宇宙を知った気になってただけらしいな」
「シーカーは大体みんなそうですよ。でもあなたはシャウプト・ロステノとパートナーになることにした。それだけで、他のシーカーとは違います」
「そうか?」
「われわれのどこを愛していますか」
 ケタルというやつらは、人の目を凝視する癖があるらしい。それでいて何も感じてないような顔をするから困る。どこを愛してるかって、少なくともこの癖は愛せそうにない。
「ロスのことは好きだ。調子がよくて腹が立つこともあるが、共通点もあるし…」そこで頭の中の言葉が散らかり、絡まり、正解も間違いもわからないまま口から出た。「地球人の女性になった時はすごくかわいいし。シェイプシフティングってのは、クールだよな」
「そうですか」
 パイロットは、小さく頷いた。
「この展望ラウンジとは反対側に、大きな食堂がありますよ。そこに行ってシェフに直接頼めば、人間の口に合う料理を出してくれます。あなたが船に乗ると決まった時点でメニューを考えてあるはずです。ヤンシパンに到着したら、どうぞ利用してください」
 部屋への近道のリフトへ向かいながら、おれはズタズタになっている自分の神経を捨てるゴミ箱を探した。そのゴミ箱を箱ごと恒星に投げ込んで燃やし尽くしたかった。

ケタルドライブ船での移動を経験したのは艦隊に入ったときと、調査船に配属された時の2回しかない。それ以来の経験だった。それはロスの変身のように、一瞬の出来事だ。本当にわずかに何かが触れたような気はするが、気付くとまったく違う場所にいる。
「ヤンシパンに無事到着だ。ここで一般の同行者たちは降りる。そのあとはいよいよケタルたちの待つ退屈な惑星ジェリドへ、厳かに送り届けられる。ジェリドまで来るのは船のクルーとラドム・レウクスの外交官だけだ。彼らも軌道上で待つけどな。パイロットのケタルたちも惑星に降りるんで、どこへも行けないから」
 ベッドに体を固定したロスから距離を置いて航行時用の椅子でシートベルトをしめていたおれは、窓の外にもう黄土色の惑星がないのを見てとると、悠長にベルトを外しながら説明を続けているケタルを置いてすぐに席を立った。船がヤンシパンへ飛ぶ前、部屋に帰ってくるとロスはあのロスのままではなく、暗い紺色の髪でギールのルィン出身だと嘘をついた男に戻っていて、おれは早く部屋を出たかった。
「一人で行こうとしてるとこ悪いんだが、キュビワノさん。ラドム・レウクスはシーカー・ミーティングをすごく尊重してる熱心な種族なんだ。だから別行動してたら変な噂をされかねない。こうやって送迎してくれてるのも、おれたちの様子を少しでも知りたいからだ。パートナーであるところを見せないと」
 たぶん疑ってる奴はもういるけどな、おれのせいで。その言葉は声にならなかった。
「美人なロスなら一緒にいていいかな?さっきショックを受けてたみたいだったが」
 ロスは暗い紺色の髪をかきあげて、クローゼットの中から地球スタイルのスーツやら、バカでかい白いファーのコートやらを取り出してベッドの上に何着も広げた。そしてどうも自慢している風な胸板にあてて、どれがいいか選び始めた。
「わかってるなら、あっちのロスになれよ」うんざりした声でおれは言った。「いや、どうせならアライグマかなにかにでもなってくれ。人間じゃなければなんでもいい」
「パートナーになるシーカー種族と同族の姿になること。ルールの一つだ。同族ならなんでもいい。ただ、相手にとって抵抗感のない姿になるのはおれたちがよくやることだが、魅力的な見た目であるほどシーカーは愚かな……失礼、なんていうか考えない葦になるというか。だからおれは自分が落ち着く姿でいることにしてる。3年間もこの姿でいたから慣れてるし。美しいものは嫌いじゃないからそこはキープするけど」
 なにが美しいのかと思いながら、それより聞き捨てならないことをおれは追及した。「3年?今の姿はおれを油断させるために変えた姿だろ。もう嘘はなしって言ったよな」
「ほら話だけで会話するのは難しいから。あのステーションでメカニックをやってたのは本当だ。この姿で。確かに髪と目の色とギールのタトゥーは違うが、あとは同じ」
「地球人にふられた話は?」
 ほとんど肌を隠せない薄い金色の生地でできた謎の服を、難しい顔でクローゼットに戻すと、ロスは他の不合格らしき服も片付けはじめながら言った。
「本当のことだ。他にも聞きたいことがあれば答える。仲良くなれそうだって言ったのも本気でそう思ったから言ったんだ」
「この状況でありえないだろ」
 自分の声は、思っていた以上に冷たかった。だがそんなことどうでもよかった。おれには選択肢もないし、こいつに従うしかない。キン・イドハと同じようにヤンシパンも調べたが、助けは期待できない。爆発しそうな家から燃えてる家に移るようなもんだ。
 逃げられないのも想定済みで、このケタル野郎はまともな取引を交わしたつもりでいる。たしかにおれは断らなかった。断れなかった。だが、はっきり断っていてもこいつがおれを元いた場所に送り届ける気があったとは思えない。まともな奴なら、端からこんな犯罪まがいの方法でおれを船に乗せなかったはずだ。
 起動した部屋のホログラムモニターを、おれは反射的に見た。それに気付いたロスは、「おれの船だ」とすかさず言った。
「これはあんたのスーツケース」そう言ったロスは、服を片付けたクローゼットから傷だらけで薄汚い、以前は鮮やかな黄緑色だったらしいスーツケースを取り出した。それはほとんど、間違いなく、おれのスーツケースに見えた。SA94NOステーションに預けたままになっていると思っていたわずかな私物。宇宙船が家だったおれにとってのすべて。
「正直に言ってほしい。ケイデン・キュビワノ。ケタルが嫌いになったか?」
 おれは要望通り正直に答えた。「そうだな。ほぼ」
「じゃあおれも正直に言うと、植民星出身者なら話にのってくると思った。おれは自由を確保できる。あんたは全宇宙行きチケットが手に入る。お互い利益があるからと自分を納得させようとしたが、本当はやりたくなかった。でもまあやってるんだからどうしようもないよな。だから、今から正すよ。それを」
 返事を待たずに、ロスはおれの背中を押して廊下へ追い出そうとしてきた。願ってもないことながら、あまりに唐突でおれは怒鳴った。「いきなりなんなんだよ?」
「時間があれば、ちゃんと知り合いたかった。でもとにかくジェリドに急がないといけなかったから。また言い訳だな」
 そこで思いついたように、ロスは明るい青い髪のロスに姿を変えた。まばたきする間に。
「こっちで言ったほうがよかったかな」
 女はおれを見つめた。男なら誰でも虜にできそうな、すこしさみしそうな目つきで。
「そんな目で騙そうったって無駄だ。いいから、男に戻れよ」
 そう言った途端、妙な感覚に襲われた。
 さらに妙だったのは、ロスもなぜか少し驚いた顔をしたことだった。
 その感覚が、船のところへ案内しろ、という言葉を喉の奥に閉じ込めてしまい、誰もいない通路と部屋で出入り口をはさんで、おれたちはお互い言うべき言葉を見失った。



chapter 3 へつづく

投稿者: Ugo

Eager for the world of other sun.