First Day Inside Someone Else ch.6

誰かの中の1日目

西村 烏合

 

chapter 6

キャラバン・プラネット115自慢の軌道上ナイトクラブ、その調理場につながる食材搬入口に、高級ステリオ産ワインのコンテナが運び込まれてきた。バーカウンター担当のアンドロイドはコンテナを調理場の食材保管スペースまで運び入れ、人目がないのを確認してコンテナを開封した。
「酒はまだか?客にダーツの的にされたくなかったら今すぐ持ってこい」
「今行きます」
 突然響いた無線通信機の音声に驚きながらも、アンドロイドは丁寧に返答して、コンテナの中からまず余分な積荷を引っ張り出した。

 セスは吐きそうになりながらバックヤードの床に倒れ込んだ。浮遊、上昇、急停止、上昇、浮遊、急停止―――地上と軌道上を一日何百回と往復する輸送機は無人の自動操縦になっていて、生物が乗ることを想定していない。乗り心地などは一切考慮されていなかった。
「ご気分が悪いところ申し訳ないんですが…」
 セスは荒々しい手つきでバーテンダーのアンドロイドに共通通貨を約束通りの枚数渡した。アンドロイドは荒っぽさにびっくりして、見るからに不安そうな顔をした。
「ごめん。ぼくはちょっと、ラムに怒ってるだけで、あんたには関係ない。酒じゃないよ、変人のプログラムのことだ。とにかくあんたの事は言わないから大丈夫」
 脅えているアンディの肩をぽんぽんと叩いて、セスは店内に入って行った。
 ナイトクラブの巨大なダンスフロアはゆるやかにカーブした扇形で、片側の壁は一面ガラス張りになっており、その向こうにはキャラバン・プラネット115の周囲の素晴らしい宇宙の景色が、パノラマとなって広がっていた。照明を極力抑えたダンスフロアからは星々の輝きが鮮明に一望できる。
 その景色を見ているのか見ていないのかわからない客たちは、キャラバン・プラネットのクラブに欠かせない放蕩音楽に身を任せて踊りながら、暗闇の中でヒューマノイドの波となって、もうどんな種族がいるのかよくわからなくなっていた。
 アレックスはバーカウンターの隅に立って店内全体を注意深く観察していた。右腕に誰かがぶつかったかと思うと、ウッドレザーのジャケットを着たセスだった。
「乗り心地は良かっただろ」重いビートを打ち鳴らしている音楽にかき消されないように言葉をかける。
「あんたの口からそんな言葉が出るなんてな。乗り心地最高だったよ。一生縁がなさそうな馬鹿みたいに高いワインに頭をぶつけて死ぬところだった」
「明らかに好ましくない状況に対して、それが素晴らしいことのように言う皮肉は最も実践しやすい冗談だ。武器はちゃんとあるな?」
 まだ怒っている様子のパートナーから銃や武器一式を受け取ると、アレックスは金星で流行している真っ黒なスーツの中に武器をしまった。
「それにどうやってあんな真面目なアンディを口説いたのか、ぼくにも教えといてほしいね。ぼくらみたいなのに手を貸しそうじゃなかった」
「アンドロイドは全員表向きは真面目だしそれを崩したりはしないが、不満を感じてないわけじゃない。それより、これから重要なのはおれの指示をちゃんと聞くことだ。わかってるな」
 アレックスが釘を刺すと、セスは落ち着かなげな目線で見上げてきた。アレックスはシャツもネクタイもウェストコートも高級感のある黒で統一された瀟洒だが抑制的な衣服に身を包み、一見このダンスフロアに似合わないように見える。しかし左耳のヘリックスピアスが一気に全体の印象を変えていた。髪型もいつもとは違う。近寄りがたさが軽減され、冷たい完璧さの中から触れてみたいと思わせる魅力が解放されていた。だが本人は気にもせず、今まで誰にも声をかけられなかったのだろうかと無用な考えがセスの頭をよぎっていることも当然考えなかった。
「オーケー」セスはばつが悪そうに返事をした。
「本当か?」
「本当に」そう言って、周囲に馴染むのを通り越して目立ってしまっているのではと思える出で立ちを、またちらっと見た。「アレックスが、完璧にきまってるから気まずくなっただけだ。不公平だ…こんな店来た事ないもんでね。世間知らずで申し訳ないけど」
「これはただのABだ。おれも本気でこんな格好などしない。とにかく溶け込めればいい。お前も大丈夫だ」
 アレックスはセスの肩を握りしめた。セスは全く納得できていない様子で頷いた。その肩も、あんな巨大ハンバーガーを何回も食べているくせに頼りなかったが、訓練できることは精一杯した。新しい銃にまず慣れる。ナイトクラブの混雑した大量の人の中で照準補助機能はそれほど信用できない。だからすべて自分の目と腕で狙う。悪人か善人かではなく、無関係の人物は殺さない。もし無理でも、最小限に留めるように努力する。面倒を避けたり、マーケットに狙われないように。いったん行動を開始したら、一人で標的を狙っていると考えること。当然、二人の連携がなければ今回完遂することは出来ないだろう。だがどう展開し、どんな状況になるかは常にわからない。危なくなれば助けてもらえるという考えではだめだ。
「撃ったら、パニックになるなよ。調理場へ行くんだ。絶対に客に紛れてナイトクラブの出入り口から出ようなんて思うな」
 IDスキャンされるから。アレックスの思っている言葉をきっちりと繰り返して、わかってる、とセスはうなずいた。
 公正化請負人、またはジャッジ、宇宙域規模で指名手配されているお尋ね者、リョーミ・ディスがナイトクラブに現れたのは23時を過ぎた頃だった。ロデン人にしては背が高く、自信に満ち溢れ、笑顔で上品に振る舞っているように見える。だが人を馬鹿にしたようなところがあるのは否定できない。その高圧的な男の近くに居る三人。いかにもな格好をしては悪目立ちしすぎるため、ただの取り巻きのような素振りをしているが、ボディーガードらしい。四人はそろって二階に直行し、ダンスフロアがよく見えるボックス席の中に仲良くおさまった。
 リョーミ・ディスは酒を注文して、暗がりの中からダンスフロアを見下ろしていた。それか、その向こうの星々を。公正化請負人として、こんなに混沌とした人の群れを目にするのは不快ではないのだろうか。アレックスは指名手配犯の居る方向を慎重に観察した。だが、ライトを埋め込まれたテーブルの光を受けたぼやけた像としてしか見えない顔の表情からは、何もわからない。
「セス、そろそろ行くぞ」
 隣で重低音にさらされ続けているセスに告げると、アレックスは二階へ上がる階段の方へ歩き出した。
「しばらくあの席から動く気はないらしい。それならあそこでやる。ダンスフロアに入り浸られるよりはずっとやりやすい。ああして動かないでいてくれればなおいい」
 アレックスは無線でそう伝えた。
 二階へ到着すると、最もいい視界を確保できる場所に立ち止まった。リョーミのテーブルには、六人居る。もうすでに奴隷商人が合流したらしい。アレックスが自分が来たのと別の階段を見ると、セスが上がって来たところだった。
「標的だけを仕留めたら、二階の調理場に入って右側に調理場内の階段があるから、それを使って直接降りるんだ。いいな」
「了解。あのアンディがまた驚くだろうな。申し訳ない気分だ」
 光る通路を行き交うスタッフたちに混ざって、セスが目的のテーブルに近付いていく。足元からの光を受けると白い髪が青白く見える。
 アレックスはまわりのボディーガードたちの位置を正確に確認した。衝撃銃二挺で最初に二人仕留めてから、もう一人。難しくはない。商人たちがどう出るかはわからないが、広い幅の袖やローブ、権威ある奴隷商人をアピールするために飾り立てられた服装からして素早く動くのは無理だろう。
 なにも、難しくはない。もしセスが確実に仕留められなかったとしてもカバーできる。リョーミ・ディスがこの惑星に居る事は、ワーブラーの粗末なアジトを潰した時にわかったことだ。死んだリーダーのディカミトの代わりを呼んで、今日この日時までに間に合わせ、いい奴隷を手に入れようと意気込んでいた。誰もここに来ることはなかったが。この情報は幸運から手に入れられたものだ。
 あと少しで公正化請負人、本人を仕留められる。なんの障害もなく。お尋ね者を狙ったことは一度もなかったが、こうも簡単なものか?情報さえ手に入れば。
 セスとリョーミの距離は、あと僅か。四メートル、三メートル、確実に捉えられる地点まで距離をつめていく。アレックスは衝撃銃ではないハンドガンもすぐ取り出せるよう構えた。セスが懐に手を伸ばした。
 リョーミの大きな黒目がセスの方を向いたのはその時だった。
「遅かったな。そっちのは連れか?」リョーミ・ディスが言った。
 ゆっくりと歩いていた足をぴたりと止めてセスはその場に硬直した。すると、セスの一メートルほど前に居たヒューマノイドが振り返った。金属がぶつかり合うような音がした。長身がこちらを向くと、腰のベルトにぶら下がったいくつかの細長い棒状の装置がぶつかった音だったとわかった。セスがベルトから目線を上に上げると、溶けた黄金のような色の虹彩がハポ人の顔を捉えていた。
「こんな奴は知らない」黄金色の虹彩のヒューマノイドの手は、ジャケットの中に伸びていた。
「知らないなら知らないでいい。二人ともどうか落ち着いてくれ、紳士らしく」
 リョーミが立ち上がると、他の面々もそれに倣った。
「あとのメンバーを部屋で待たせてるんでね、直接行くんでいいかな?飲み物は部屋からでも頼める」
 交渉に集まったそのメンバーたちはぞろぞろと移動を始めた。リョーミはボディーガードと最後尾について、セスにもついてくるよう促した。
「ハポ人が参加するのは初めてだが歓迎しよう」黒い爪のあるロデン人の手がセスの背中にそえられた。
「セス、そこを離れろ」呼びかける音声にセスは答えない。ターゲットを真横にして答えられない。わかっている
「とにかくリョーミ・ディスから離れるんだ。おれがやる。離れろ」
 リョーミ・ディスの手が、商人たちがくぐっていったゲートの向こうへとハポ人を誘導する。セスが足を後ろに踏み出そうとした挙動が見えたが、その背後でゲートが閉まった。
 閉ざされたゲートにはボディーガードが一人だけ残って、周囲を見回していた。セスの後ろ姿は、上客用の特別室へ続くゲートの向こうに消えていた。

 

「狂信者のような男かと思ったが、安心したよ。ちゃんと話が通じそうだ。我々と同じような気品もある。あの有名なジャッジに会えて光栄だ」
マントを羽織ったヒューマノイドが言った。集まった奴隷商人たちは七人居た。顔の下半分を機械のマスクで覆っている者も居る。標準的なヒューマノイドが必要とする大気組成には適応していないのだろう。黄金色の虹彩の奴は身長が二メートル三十センチはあって、座っていても全員のシルエットから抜き出ているが、足が何本もあったりするわけではない。全員違う種族、だが全員がヒューマノイドだ。
 部屋ではダンスフロアと同じように一方向の壁一面に宇宙の景色が広がっているが、それはスクリーンであり、本当の窓ではなかった。リアルタイムで投影されている外の映像だ。この部屋の中ではプライバシーが守られる。音楽もかかっておらず、聞こえるのはこの軌道上の施設それ自体が機能している音くらいだった。
 ダンスフロアよりはいくらか明るいとはいえ、閉鎖的な薄暗さに包まれた部屋の中で、セスはソファの一番端に腰掛けていた。どう見ても奴隷商人には見えないし、道を外れたエフィシオの会員にも見えなかった。だがほんの少しの疑念さえ顔に出すわけにはいかない。セスは商人たちの様子に合わせようと神経を研ぎ澄ました。
 リョーミは入口から一番遠い席に腰掛けて、リラックスした様子でその場を取り仕切った。髪は後ろになでつけられ、手首や指には装飾品が光っているものの、ゆったりとしたジャケットとスラックスというシンプルな格好をしている。装飾品に使われているのはすべて琥珀色の宝石で、奴隷商人たちの装飾品のように必要以上の主張はしない。そうして商人たちのように着飾っていないことも、この指名手配犯が一番くつろいでいるように見える原因かもしれなかった。
「あなたがたと取引できて光栄に思う。もっと気分が良くなる会話を続けたい気持ちはあるんだが、紳士諸君の中には能率的に時間を使いたい方もいるだろうから、本題に行こう」
 リョーミの合図を受けた部下が、ドアを開けて入って来た。
「もちろんこれは見本に過ぎないが」管理係に急き立てられ、両手を手錠でつながれたヒューマノイドたちが重い足取りで部屋の中に入ってきた。ボロ布のようなものを着ている者もいれば、汚れてはいるが元はちゃんとした衣服だったらしいものを身に着けている者もいた。そのまともな衣服の残骸を着た奴隷が、耐えかねた表情で、商品らしく並ぶことに抵抗した。
 五秒後にはその奴隷は床に倒れて、リョーミのボディーガードに押し当てられた警棒のような装置から流れる電流の痛みに呻いていた。
「しつけがなってなくて申し訳ない。だがおれがすべてやってしまっては、そっちに興味がある方への商品価値がなくなるだろう?」
 奴隷たちは押し黙って、星々のパノラマを背に商人たちの前に並んだ。それぞれが違う種族だ。だが全員脅えていた。何人かの手は固く握り合わされている。そうしていれば少しでも何かにすがれるかのように。
「これは、珍しいな。まさかカルキノス星から連れてきたわけじゃないだろ?」
 貨物船の乗組員のような格好の商人が言った。格好はそんな様子だが、やはり両手に指輪をはめて、金属製の装置をベルトに下げている。
「他の星のコミュニティだ」リョーミが答える。
「これでカプスルーラがいない理由がわかった。あいつらには手が出せないでしょうね、このレベルは。良かったわ。あいつらがいると奴隷商人の格が下がるから」別の商人が言う。
 セスはソファから背を離して乗り出しそうになるのを堪えていた。自分の位置からでは、全員の反応を見るのに充分ではない。
「まあおれも呼ぶ気はなかったんだが、代理と交渉する気はないからな。代表者となる者がいないんではどうにもならない。ついこの前死んだとかでね」
 リョーミは自分が言った、誰が不適格者かの認識を共有することで自分たちは真っ当である相互理解をもたらす情報に控えめな嘲笑が起こっている間に、立ち上がって商人たちの顔を見渡した。当然、セスも含めて。
「では自由に品定めしていただこう」
 商人たちは立ち上がると、間近で商品を観察しはじめた。奴隷たちはうつむいて品評されるがまま、その場に立っている。
 目の前の商品を確かめるため、遠慮のない無慈悲な手が、奴隷たちに触れる。声もなく涙を流している奴隷もいるが、商人たちは誰も、まったく、意に介していない。セスは自分の表情がこの場にそぐわないものにならないよう、努力をした。なんとかこの輪の中に紛れなければ。
 その時、悲鳴が部屋に響いた。まともな衣服の残骸を着ていた奴隷がまた床に倒れていたが、今度は近くにボディーガードはいなかった。その代わり腹にナイフが突き刺さっていた。
 セスは無意識のうちに銃に触れていた。それを握ってホルスターから抜かずに平静を保つことは、一秒毎にセスの精神力を削り取った。
「どういうことか説明してもらえるかな。こいつはまだおれの商品なんだが」
 ナイフを突き刺した黄金色の虹彩の商人に向かってリョーミが言った。怒りを見せるのかと思ったが、呆れたように笑っているだけだ。それがひどく不気味だ。ボディーガードたちは警戒心を剥き出しにした真っ当な反応を示し、武器をちらつかせている。
 黄金色の虹彩の商人は交渉相手とは対照的ににやりとも笑わず、刺さっていたナイフを勢いよく抜いた。二度目の悲鳴。
「お前の好きな値段で買ってやる。この種族には嫌な思い出がある。おれが味わった何倍もの屈辱と苦痛を与えてやらないと気が済まない。それにはちゃんと反応する奴でないと駄目だ」
 そう言ってから血の流れる傷口を踏みつけた。助けて、という掠れた声がセスにも聞こえた。
「まあそういうことなら。お眼鏡にかなったんであれば…700でどうかな」
 商人はうなずいて、金属音を立てている装置を一つベルトから取り外すと、奴隷の首に押し付けた。何かの印が、そこに焼きつけられた。
「こいつを手当てしてこちらの紳士の船に運んでおけ。気をつけろよ」
 リョーミの命令を受けたボディーガードは、濁った息をする奴隷を部屋から引きずっていった。いくらか呆れたような雰囲気を醸し出しつつ、飾り立てた服装の商人たちは、早く野蛮な商談が完結するのをじっと待っていた。
「いくら言い値で買うからって、これじゃ商談の手順に反してるんじゃないか」
 一人、貨物船の乗組員のような商人を除いて。
「人の買ったものに口を出す気か?それで何が反してるか主張するとは笑わせるな」
 まだ血がべったりとついたままのナイフに鈍く光を反射させて、黄金色の虹彩の商人が反論した。
 周囲の商人たちは黙ってその場から距離を取っている。落ち着いた態度で静観しようとしながら、明らかに脅えている顔もちらほらと見える。誰も仲裁に入ろうとはしない。そうしても自分になんの得もないからだ。何人かの商人は、なんとかしろ、という目でリョーミを批難している。
 それに応えるように、だが一度もその目を見もせずに、リョーミが口を開いた。 「諸君、争いは無用だ」
 乾いた音が二回響いた。リョーミが懐から抜いた銃が、貨物船の乗組員のような商人の胴体に二つの穴を開けた。衝撃でソファの方へ倒れ込んだその体から見る見るうちに血が滲んだ。
 これには、商人も、奴隷も、その場の全員が騒然となった。惨めにうろたえる者はいなかったが、動揺が広がった。そんなことは気にもせず、リョーミはソファの方へ歩いていくと、口から流している自らの血に窒息しそうになっている男の胸ポケットから、何かを取り出した。
「彼は賞金稼ぎだよ」取り出されたのは、小型の転送マーカー用装置だった。「だが政府のライセンスを持っているだろう。きっと。さっきの奴隷の悲鳴を聞いて、あなたの事を撃ち殺しそうな顔をしていた。正義の味方というわけだな」
 それを聞くと、黄金色の虹彩の商人は、ソファに倒れ込んでいる賞金稼ぎの心臓にナイフを突き刺した。窒息しかかった息遣いが途切れ、部屋が静まり返った。
 セスの鼓動はこれ以上は不可能なほど早まっていた。パニックを起こしそうになる。耳にはめた無線装置からは、何の声も聞こえてこない。だめだ、一人でなんとかする方法を考えなければ。だがやるべきことの強迫観念に押し潰されるだけで、具体的な考えが何一つ浮かんでこない。
「演技も出来ないような素人が、おれを仕留めようとは身の程知らずだ。でも気になるな」
 リョーミの銃が再び上を向いた。ロデン人は大きな黒い目を光らせながら、再びゆっくりと歩き出した。
 銃口はセスに向けられていた。
「この小さなハポ人はどうしておれの所に来たのか。皆さんの中で推測できる方は?部下に身元を調べさせたがどうもわからないことが多い。一端の犯罪者なら立派な偽の身分くらい持ってるはずだが、それもない。いったい誰なのか」
 公正化請負人と、冷酷な奴隷商人たちの視線がいっせいにセスに注がれた。恐怖に脅えた何人かの奴隷以外の、すべての目が一人に向けられる。
 セスは動けなかった。
 それでも、乾いた喉の奥から声を絞り出した。
「ぼくも商人だ。招待されてないのに参加した無礼は許してくれ。帰れというなら、そのとおりにする」
 ハポ人が発した言葉に、何人かは声をあげて笑った。商人たち全員の顔に、嘲笑や興味のこもった笑みが浮かび始めている。
「我々の一員だったとは!で、その装備のどれで奴隷に焼き印を押すつもりだ?」商人の一人が言った。今度はもっと笑い声の数が増える。それを背に受けながら、リョーミはセスの耳に顔を近付けて言った。
「お前は最初から余興のために部屋に入れたんだ。あんな血なまぐさいショーを挟んだらあまり気分が良くないだろ」
 リョーミは全員に見せつけるようにセスのボディチェックをした。「転送マーカー装置も持っていない。銃は、なかなかいいのを持ってるが」まだ実戦で使われたことのないその銃を取り上げ、自分のホルスターにしまう。
「正直に答えてくれたら良いんだが…」リョーミ自身の銃の銃口はセスの胸に強く突き付けられていた。「まあ答える気はないだろうな」
 リョーミはセスを商人たちの方へ突き飛ばすと、銃口で狙いは定めたまま商人たちに笑いかけた。
「一番高値で奴隷を買って下さった方にこのハポ人もつけよう!今のところナイフさばきの上手いこちらの方が有利だが…値段の総合計で決めさせてもらう。まだ若いし元気そうだ。利口とは言えないが、勇気がある。反抗的な男の子が好きな方は?どうかな」
 ローブを着た商人はリョーミに目線を送られて、下品な笑みを浮かべると、倒れているセスに手を伸ばした。
 その懐に飛び込んで銃を奪ったセスが引き金を引く前に、あの警棒のような装置が背中に押し当てられた。強力な電流が体を流れ、セスは苦痛の叫び声をあげて床に倒れた。その手から落ちた銃が、赤い絨毯の床にぶつかって重い音を立てる。奴隷の一人はその光景から目を背けた。
「この坊やは元気そうどころか、力が有り余ってるらしいな」
 そう言ってローブの商人は自分の銃を拾い上げると、銃口でセスをつつき、殴りたい衝動を抑えているようだった。
「お前好みなんじゃないか?」マントを羽織った商人が言った。
「うるさいぞ」ローブの商人はセスの首を掴んで立たせると、壁に押しつけ、ハポ人の頬に触れた手を徐々に下におろしていった。「まあ傷がなければ…もらってやってもいいが」
 セスは痛みの余韻に苦しみながらもがいた。だがローブから伸びてきた手はやせ衰えたような見た目に反して力が強い。
「ぼくに触るな、放せ!」セスは叫んで、なりふり構わず暴れた。蹴りが商人の体を捉えたが、すぐにボディーガードがやってきてその両足をおさえた。それでも逃れようとする力はおさまらない。
「大人しくしろ!おい、もう一回やれ」
 ハポ人にもう一度電流が加えられた。その間はしっかりと手を放していたローブの商人は、再びセスを押さえつけて体に触れた。セスはもう一度すべての力を振り絞ろうとした。抵抗の力は明らかに弱まっていた。だが手も足も、動かせるものはすべて動かして、もう言葉ではなく、力を振り絞るための唸り声だけを力のかぎり叫んで、逃れようとした。
「しぶといな…少し興味が湧いてきた。調教好きの奴に高く売れるかもしれないな」誰かが言った。
「けだものじゃないか。ハポ人はこんなだったか?」マントの商人が隣に居た商人に言う。
「女だ」
 ローブの商人の声が、近くの商人たちの耳に届いた。
「なんだと」商人の一人が聞き返した。
 ローブの商人は、服の中から小さなナイフを取り出すと、セスのウッドレザーの下のシャツを切り裂いた。
「上はよくわからない、だがな…」
 ナイフが、黒いレザーのズボンの方へ下がった。それだけで、触れはしない。しかしそれで充分だった。おやおや…、リョーミが小さくそう言った。商人たちは今は全員、さっきとはまた違った目で異様なハポ人の方を見ていた。
「こんなものおれはいらない。つけてもらっても困るね」
「適切な客がいれば値段はつくかもしれない、でも売るのに手間がかかりそうだわ」
「私は金を払ってもいい。興味がある。こんなのは滅多にないだろうな、考えてみろハポ人だぞ。こんな個体が惑星の外で見つかること自体珍しい」
「異常個体は殺してるのか?」
「そんなわけないだろ、遺伝子を守るのに四苦八苦してるよ。犯罪者でも生殖細胞提供の義務がある。健康な体に害を与える行為は…」
「言いたいことはわかったがな、奴の言葉だけで信じるのか?一度全部服を脱がせてみろ」
 商人たちが交わす会話は、セスの耳にぼんやりとしか聞こえていなかった。
 ローブの商人が放したセスの体をボディーガードたちがおさえていた。
 やめろ、いやだ、やめろ、ふざけるな。動け。思いが滅茶苦茶に混ざり合い、すべてを引き裂いて破壊しそうなほど感情が湧き上がってくる。それを使って力を込めようとするのに、出来なかった。奴隷たちは放置され、その場に立ちつくしたまま、ハポ人を見ていた。このイレギュラーな商品が自分たちの人生にどう作用するのか、それが怖いような表情で。
「ABを手に入れるためにおれを殺そうとしたのか。無謀な賭けだったな。お前みたいな存在がいると目障りだ。公正な世界にお前のようなものは必要ない」
 声が響いた。だが商人たちは何事もなかったかのように言葉を交わしている。奴隷たちは当然、押し黙ったままだ。セスはリョーミ・ディスの方を見た。
「おれを殺したいのはすぐわかったが、お前の正体がわかっていればあの場で殺してやったのに。まあ良い勉強になったよ」
 リョーミ・ディスの声は、セスの頭の中だけに響いていた。
「皆さん、申し訳ない」公正化請負人は今度は実際に口を開いた。「こんな欠陥品だとは思わなかったもので。これはおれが責任をもって処分しよう」様々な意見を交わしていた商人たちに有無を言わさず、リョーミは言葉を継いだ。「商談に戻ろうじゃないか。おれが用意したものが気に入れば、他のストックもお見せする。皆さんお目の高い本当の商人だとわかったのでね」
 商人たちは含むところがある様子だが、結局奴隷たちの方へ向き直ると、奴隷を連れてきた管理係と話し始めた。なにが起こっても自分たちの行く先は変わらないのかという虚ろな心が、奴隷たちの顔に浮かんでいた。その顔を掴んで、笑ってみろ、と商人が言いつける。こういう時に気分を晴らしてくれるような才能があるやつがほしい。その意見に周囲の商人たちもうなずいている。
 だがさっき金を払うと言った商人だけは、静かにリョーミに近付いてきた。
「ただ処分するのか?」もったいぶった、上辺で悩むような顔で公正化請負人に問いかける。「もったいない。殺す前に、私に使わせてくれないか」
 冷たい感覚が、セスの背中を走った。無意識にその場から逃れようとしているハポ人の両腕を、ボディーガード二人が痛いほど握りしめて押さえつけた。
「ああ、ご自分で興味がおありで」リョーミの笑顔にはなんの感情もない。
「なにか問題があるか?生かしておけと言ってるんじゃない」
 商人はセスの頬に触れた。嵌めた指輪が冷たい感触を残した。
 生温い液体がその感触を消し去った。瞬間、指輪を嵌めた商人の頭に穴が空いていた。
 リアルタイムの宇宙の光景を映し出すスクリーンが砕け散り、フォースフィールドの向こうに小型の宇宙艇が現れた。宇宙服も着ずにその宇宙艇から現われたアレックスは、ハンドガンをしっかりと手に握り、商人たちを撃ち殺していった。慌てふためく奴隷たちを避けて、正確に撃ち込まれた弾丸に血飛沫が飛び散る。武器を構えようとする商人もいるが、まったく間に合わない。奴隷の専門家たちの体が床に転がり、装飾品と、焼き印を押すための装置のぶつかり合う音が冷たい金属音を立てる。ガラスと血が、赤い絨毯に降り注ぐ。
 容赦ない奇襲攻撃と破壊がもたらす音で、部屋は破裂しそうだった。
 なんの予想も出来なかった攻撃に動けないでいるリョーミ・ディスを守るため、ボディーガードたちは一斉に雇い主のもとへ向かってきた。セスはリョーミの懐から自分の銃を奪い返すと、必死に近付いてくるボディーガードを撃った。
 我に返った公正化請負人は目の前の混乱を正すために、ハポ人を殴り倒すと、無機質な機械に銃口を向けた。交渉相手を殲滅していく殺人マシーンに狙いをつける。アレックスは自分で張ったフォースフィールドをくぐり抜けて部屋に着地した瞬間に、リョーミのボディーガードに肩を撃たれてよろめいた。その動く的に狙いを定めて引き金を引く直前、リョーミは強烈な憎悪の感情を感じた。憎悪、殺意、向けられた銃口のイメージが精神に流れ込んでくる。
 アンドロイドを撃ち殺す前に、リョーミは培われてきた自己防衛意識に支配された傀儡のように憎しみと殺意のエネルギーの方へ振り返って、銃を握りしめるハポ人に向かって引き金を引いた。
 その直前に、公正化請負人の背中を、アレックスは撃ち抜いていた。撃ち抜かれた体はよろけ、リョーミが撃った銃弾はセスから外れて天井に弾痕を残した。
 リョーミ・ディスは、ナイトクラブの特別室に倒れ込んだ。

 

耳鳴りがセスの耳に遠くから響いていた。遠ざかっていく衝撃のように。近付いてくる現実のように。六人の商人とボディーガードたちの死体、ソファに倒れ込んだ賞金稼ぎの死体、その血で、部屋はめちゃくちゃになっていた。奴隷たちはロックされた部屋から出られないまま、隅にかたまって脅えていた。
 フォースフィールドと星の光に照らされたアレックスの体は、赤だとか緑だとかの返り血と白い血で悲惨な状態になっていた。
 セスは死にかかっている公正化請負人を見下ろした。今まで自分を狙った賞金稼ぎをなんの苦労もなく殺してきたお尋ね者は、血塗れの口から不明瞭な言葉を発した。よく聞き取れなかったが、悪態のようだった。
 リョーミ・ディスの体は血塗れだった。自分の血だけじゃない。割れたガラス、穴が開いた壁や天井の欠片、奴隷商人の血にまみれていた。そうしようとしても、もう起き上がれない。
 ガラスが刺さるのも構わずあたりを手探り、なにも掴めるものがないとわかると、ロデン人は自分の服を握りしめた。そして胸の傷口をおさえた。確かめるように。発作的な咳をしたせいで、口の中に溜まっていた血が顔の周りに飛び散った。
「おまえが生き残って、おれが死ぬのか…?そんなこと…あってたまるか…」
「なんでこんな事に力を使ったんだ」ただセスの口から出た言葉はそれだった。
 そばに居るアレックスには、事情がのみこめていない。だがアレックスは黙っていた。黙って、死に侵されていく体を見ていた。
 賞金稼ぎたちに見下ろされたリョーミ・ディスは、血に塗れた唇を歪ませた。その見た目は狂気じみていた。狂気じみていながら、怒りを示しているようにも嘲笑しているようにも、痛みにただ耐えているようにも見えた。
「なんで…あんたならもっと他に出来たはずだ」セスは切れた口元を拭いながら言った。
「生まれ持ったものを活かせ…人が望むように…お前は結婚して子供を産むか…?頭がおかしい奴だと思われて、でも少しでも社会に馴染む努力をしてると、そう思われたいがためだけにすべて犠牲にできるか?」声を荒げた胸から血が溢れ出した。
「望まれた、真っ当な、生き方だ、そんなことをして自分はどうなる!?…ロデンの政府に監禁されて一生を過ごすのかよ……」
 セスの目からこぼれている涙を、リョーミは笑った。それが自分の体をもっと傷つけることも気にせず、笑い続けた。セスは乾いた笑い声をたてている公正化請負人に銃口を向けた。
「そうだな…あんたの事は責められない。どっちが生き残るか、それだけだ」
「そうさ」
 リョーミの言葉はそこで途切れた。だがセスの頭の中にまた声が響き渡った。
【哀れな奴だ……哀れな心……目に見えるもの…単純で明らかに見えることだけが真実だと思ってる奴らよりも哀れだ…おれたちには仲間はいない…それぞれが別の存在…だから殺し合うしかない……だが死ぬべきはおれじゃない…お前と違っておれには誰もが欲しがる価値があるのさ、お嬢ちゃん】
「でも今日死ぬのはお前だ」
 セスはそう口に出してから、リョーミ・ディスの額に銃弾を一発撃ちこんだ。声は永遠に消えた。



chapter 7 へつづく

投稿者: Ugo

Posting my original novel. Eager for the world of other sun.