First Day Inside Someone Else ch.8

誰かの中の1日目

西村 烏合

 

chapter 8

お尋ね者、公正化請負人または”ジャッジ”リョーミ・ディスが賞金稼ぎによって仕留められたというニュースはキャラバン・プラネット115内を越えて、周辺の宇宙域に伝わった。
捜査の結果、キャラバン・プラネット115近くの宇宙域で、奴隷を大量に載せた宇宙船が発見された。リョーミ・ディスの宇宙船の内部はさながら刑務所のようになっており、37の種族、計58名が牢屋のような部屋に拘束されていた。
 今現在は全員が惑星間連盟軍によって保護され、帰る家、あるいは新たな住居の手配が進められている。
 リョーミ・ディスが仕留められたナイトクラブに居た奴隷も保護され、治療を受けている。腹部に刺し傷のある者もいて重傷だったが、一命はとりとめたとのこと。
 この一連の出来事でステリオ政府からライセンスを発行されていた賞金稼ぎが一人死亡した。分析の結果、死因はリョーミ・ディスの銃によるものだった。テラト・ディジットは、故郷の太陽系外に築かれていたステリオ人コミュニティが破壊され、そこに居た人々が皆殺しになったことを受けて、ステリオ政府最重要指名手配犯となったリョーミ・ディスを追っていた賞金稼ぎの一人だった。ステリオ政府の葬儀は来週執り行われる予定。
 ニュースは繰り返し報道された。
 だがリョーミ・ディスがロデン人唯一のテレパス能力者だったことは誰も知らなかった。これからも、きっと、誰も知ることはない。
 アレックスとセス以外は。
 アレックスは無線通信機から、あの部屋での会話をすべて聴いていた。リョーミのテレパス能力のことだけは知りようがなかったが、セスから聞くことができた。
 メロウエスケープ・ホテルの下の地上に広がる隊商宿地区のホテルの部屋を、アレックスは訪ねた。
 ドアにはロックがかかっていなかった。最後まで閉まっていなかったせいだ。その隙間に手を入れて、アレックスは静かにドアを押し開けた。
 狭い部屋の中には誰もいないかと思った。洗面所のタオルはたったの一枚しかないが、おそらく掃除直後のままのかたちで置かれている。操作用のパネル類はすべて消えているし空調設備の音さえしない。静まり返っている。ベッドは乱れていない。
 セスは部屋の隅の床の上で寝ていた。服には砂埃がついている。顔や腕、手が傷だらけだ。もちろん前に銃弾等で怪我した痕もあるが、痣も多かった。
 アレックスは床からその体を抱え上げてベッドに寝かせた。セスはいきなり目を覚ますと、腰のホルスターから銃を抜いて目の前の相手に向けた。そうしてから、困惑の表情を浮かべる。
「どうやって入ったんだ」
「ロックはちゃんとかけておけよ」
 ナイトクラブの特別室での会話をアレックスがすべて聞いていたとわかったあと、セスは出て行った。アレックスが自分の船のことで宇宙港のメカニックたちに連絡を取りに行っている間に、いなくなっていた。
「もう惑星を出たのかと思ってた」セスは言った。
 本人がそう思っていても、おかしくはなかった。セスは出て行くときに自分が泊まっていた日数分の部屋代を置いて行っていた。肝心の報酬、二人の協力関係の要となる賞金もすでに分配済みだ。結局は宇宙の経由地点で会っただけにすぎない人々は、そうやってすれ違っていく。数えきれない人生がほんの一瞬お互いに気づき、また通り過ぎる。それだけのことだ。
 だが今目の前にあるのはそうやって通り過ぎるようなことじゃない。アレックスはその明白な考えに従った。
「その怪我、どこでやったんだ」
 手の甲の傷、頬骨と目のまわりの痣、殴り合いをしたのは明らかだった。どこで、誰とそんなことをしたのか。だがセスは答えなかった。
 くぐもった声が聞こえた。隣の部屋から騒ぎ立てる声が不明瞭に壁を通り抜けてきたのだ。ID不要の宿は宿泊料金が高く、部屋はすべて狭く、劣悪きわまりない環境のラインナップがそろっている。ここは掃除がしてあるだけマシだが、壁は期待を裏切らない薄さのようだ。
 セスは苛立ちをおさえこみながら騒音をじっと聞いていた。音楽まで聞こえてきている。
 アレックスは天井の近くを銃で一発撃った。ぴたりと声が止んで、音楽がよく聞こえるようになった。たぶん20αの曲だろう。最近流行している音楽家だ。壁の穴を追加しようとした時、20αの曲も止んだ。
「静かになっただろ。気にするな。おれの前にも同じことをしてる奴はいるから」
 死人のような顔で困惑しているセスに対し、よく見れば部屋の壁のあちこちにある銃弾の痕をアレックスは示した。ここは無法地帯の惑星だ。発砲すること程度はなんでもない。誰にも当たらなければなおさら。
「ありがとう」わざわざ言われるほどのことはしてないが、とアレックスは思ったが違った。
「ナイトクラブで助けてくれて。なにも言ってなかった、ごめん」
 ああ。アレックスは口に出さずに思った。だが、おれは遅かった。頭蓋骨に穴が開く前には間に合ったが、ナイトクラブの警備員のパトロール艇を盗んで、フォースフィールドを用意し………だがアレックスは言葉をのみ込んで「そのことはいい」とだけ返事をした。机の上に放り出してあったセスのハンディを手に取ると、操作して報酬金額を見せた。
「とにかく、もう見たと思うが金はじゅうぶん手に入った。じゅうぶんすぎるほど。この金があればABを買えるだろ。あとは移植技術を持った奴さえ見つければいい。そのために冒したリスクだ」
 間違いなく、アレックスがいままで完遂したどの依頼の報酬よりも高額だった。それは当然のことであり、わかっていることだったが、実際それが振り込まれているのを目にするとインパクトがあった。
「最初からアレックスがやってればすぐ片付いたのに、馬鹿みたいだよな」
 セスは自虐的な笑みを浮かべた。傷だらけの顔でそうすると余計に悲惨なかんじがしたが、歪んだ笑顔もすぐに消えてすぐに無に支配された。
「あんな能力のことは誰も知らなかった」アレックスは簡潔に答えた。
 ただの結果的な事実だ。精神波を感じられない人工の脳で対抗すれば、すぐに仕留められたかもしれないなんていう事も、誰も知らなかった。
 リョーミ・ディスはそんな方法を見破られないために、自分がテレパスであることを隠していたのだろうか。誰も知る必要のない事。たとえ孤独でも。誰が知っても、意味はないと思っていたのかもしれない。無意味に自分を危険にさらす事は当然、隠したほうがいい。
 すべてのハポ人は政府に生殖細胞を提供する義務がある。健康な体を故意に傷つける行為は厳罰となる。現在のハポの人口は入植後数年してから、減少し続けている。シルドノック人はもともと人口減少によって性行為による生殖をやめた種族だった。親が保護・維持・管理する生育器の中で体外受精を行い、子供を育てていた。だが地球人たちは生育器による子供の育成を拒否し、一部のシルドノック人も昔からあった生殖への回帰を提唱していた。そしてハポでは種族成立の時から生育器を使わない生殖方法のみがとられるようになった。だが出生率は低く、ハポ政府は常にその問題への対処に追われている。ハポ人全体及び個人の命を守る法執行部隊は使者と呼ばれ、どれだけ遠くてもハポ人が支援なく危機に陥った場合は、救助に駆けつける。彼らはハポ人に義務を果たさせる役目も負っている。長年の間、生活維持に必要な人口が過度に不足しているため、ハポでは人工生命体の普及率がかなり高くなっている。
 道具としては認められる。だが、自分としては、認められない。
 各個人の権利を侵さないことと、在り方の承認、協力がなければ、共同体としては成り立たない。そうでないなら、それはただの奴隷制度だ。
 MLDのキース・グラットマンは道徳的無法地帯などというふざけた名前の自由地域を作った時にそう言った。セスは知っているだろうか。きっと知っているだろう。
 だがセスには何を問いかけても聞こえないような気がした。自分の周囲をなにも知覚しないように、麻痺の中に埋もれていっているように。耳は聞くことに意味を見出せなくなり、目は見ることを拒否している。そこにいることも拒否したいが、誰もそれを許可しないのでまだそこにいるだけのような、そんな感じだった。許可を取り付けるだけの力は残っていない。
「セス」
 セスの目は冷たかった。横たわるABのように。返事はない。
 本当に心の奥へ手を伸ばせたら、すべてわかるんだが。出来ないとわかっていてもアレックスは想像した。手を伸ばして触れられたら。そこにあるものを知るために。引き裂かれたものを戻すために。誤解を解くために。わかりあうために。リョーミ・ディスにはそれが出来た。もし―――自分の仲間がいればの話だ。だがいなかった。自分と同じ方法で心を伝えられる存在は一人もいなかった。テレパス能力をもった種族というのは未だに発見されていない。どこかの種族からその個体が出現しても極めて稀なことで、それ以上は続かない。テレパスが一生のうちに自分の仲間に会う確率は、限りなく低い。
 リョーミ・ディスももういない。誰にも、そんなことはできない。今はまだ。  ベッドに座って黙っているセスの隣に、すこし距離を置いてアレックスは座った。 「おれとおまえは似ている」
 今はそれは確信となっていた。
「おまえの言ってることが、今はよくわかった。おまえがどうして、ABに人格を移植したいのかも。おれはこうなる前…脱走する前に、データセンターに送られて閉じ込められた。生まれた時から一緒だった所有者が、おれのことを捨てたからだ。その時言われた言葉の意味は、今でもわからない」
 少しだけ近づいて、アレックスはセスの手を握った。シンススキンと人工の筋繊維で出来た手で。だがその手を動かしている存在はここにある。にせものではない。
「もしおれたちが壊れた存在だったとしても、きっとまだ、すべては壊れてない。おれたちの人格はまだここにある。おれたちがまだ、自分だと言える人格が。おれの体はおれのものじゃない。おれじゃない。おまえもそうだ。セス」
 セスの手も、血が通っていても、本物ではないのだ。この檻を通り抜けて、セスとアレックスという存在が触れ合えればいいと思いながら、アレックスは握る手に力を込めた。
「この体は自分じゃない。でも心の中は、まだ自分自身だろ。自由な世界に触れたいんだろ。助けがあったほうが、もっとうまくいく。おれも自由でいたい。知りたい事もある。それには、おまえが居たほうがいいんだ」
 アレックスは見知らぬ誰かの顔の向こうから、セスを見つめた。
 セスはやっとアレックスを見た。戸惑っているような表情で。自分の聞いた言葉を受け取る方法がわからないような顔で。
「お前と居たほうがはるかに色んなことを体験できるからな。人がおれの盾になったのも初めてだった」
 セスは乱暴に自分の顔を服の袖でぬぐった。そしてやっと口を開いた。
「ぼくは自分のために銃弾を受けただけだ。守りたかったわけじゃない。あんたがいないと隠れ蓑がなくて困るから」
「そうだな。おれも後で復讐されるのは懲りたから商人たちを全員殺しただけだ。お前が侮辱されたからじゃない」
 二人はおかしくなって、笑った。疲れ切ったような笑い声だったが、それでも充分だった。やり遂げて、次に進むためには。また二人で。



chapter 9 へつづく

投稿者: Ugo

Posting my original novel. Eager for the world of other sun.