『God’s Warrior』(未完小説) ケイデン・キュビワノ登場場面

サイトに掲載している『ここは淡い青よりも深く遠く (Farther Than Pale Blue Dot)』のケイデン・キュビワノを最初に脇役として登場させていた、別の未完小説の場面です。
仮タイトルは『God’s Warrior』。

ほんとに短いので、マジで脇役だったんだなというのがわかる。
でも FTPBD のベースの一部となる情報は入っている。
そういう原型的なものです。


この小説をざっくり言うと、砂漠の惑星を舞台にした、その惑星の戦士隊長と地球人の GAY/QUEER + SF です。

キュビワノが登場するのはその惑星に行く前。
主人公ジェームズ・ブルースが、転属したイノピナートゥス号という環境調査船に乗る場面です。

 

ちょっとそこだけだと暗い後味なので、SCI-FI OUTFIT などで描いているファイユー・カールーンとジェームズの場面も置いておきます。

なんでこんな事しとるんや???ていうのは、未完だが、前から言ってるここのキュビワノの場面だけ出すのならできるんじゃね?と単純に思ったのと
何か刺激を、と思い。死んでる脳に。

載せるにあたり多少手直しはしましたが、ほぼ当時書いたままです(拙作の言い訳か~そうか~)

とにかく公開するぜ!(どうぞ)

 

目次


Caden Cubewano scene from “God’s Warrior”

James & Faiyu Qarun scene from “God’s Warrior”

 

 

Caden Cubewano scene from “God’s Warrior”

 

メカニック、一般市民、士官、その他ありとあらゆる人々で混雑するドックからイノピナートゥス号のエアロックに足を踏み入れると、制服に身を包んだ人物がジェームズを待っていた。
ジェームズは近づいていきながらその男をよく見た。年齢は自分と同じか少し上、20代半ば。新任を迎えるのを任せられるにしては若く見えたが、そのことより服装に違和感があった。制服には地球連邦軍のマークがついていたし、士官制服なのは間違いない。だがこの色とベルト回りの装備。ジェームズはそれが旧式の調査員制服であることに気付いた。たしか2、3年前に廃止された筈だ。

周囲を見ると、隅に積んであった貨物を抱えて歩いている女性は、そもそも制服姿ですらない。他にちらほらと見えるクルーも、士官制服を着ているのはほんの一部。現行の制服を着ているのは自分だけであることにジェームズは気付いた。

今まで色々な船に乗ってきて、そのたびに環境が悪くなっている感覚はあった。が、これは初めてのパターンだった。ついに行き着くところまできたのか。
そんな言葉をすべて飲み込みながら突っ立っているジェームズを気にする様子もなく、旧式の調査員制服を着た男は右手を差し出した。

「ジェームズ・ブルース士官。おれはここの主任調査員ケイデン・キュビワノだ。特筆するとこはないがこの船を案内する」

握手を済ませると「ついてこい」と言って旧式の制服を着た人物は歩き出そうとした。するとキュビワノの通信装置からしわがれた声が響いた。「キュビワノ、とりあえずその新任と一度話をしろ」
「話なら歩きながらでも出来ますよ。案内ついでにやります」
「それじゃだめだ。お前の部屋へ行くんだ」

主任調査員キュビワノは一度顔を真下に向けてから、すぐに顔をあげつつジェームズの肩を掴んで歩くよう促した。

「了解、船長」

 

「なんでこんな頻繁に船を乗り換えてる?」

キュビワノは狭い船室の椅子に座って、折り畳み式の椅子に座るジェームズと向かい合っていた。目の前の新任士官のデータが表示されているタブレットを見ながら、左耳のインダストリアルピアスをいじった。

ピアスの他にはなにも装飾品はなかった。軍の規定を著しく破るような格好をしているわけではない。あの制服は着古されてくたびれてはいるが使用には耐えている。髪型もいたって真面目だ。後ろは刈って、前髪も少しワックスで整えた程度で清潔感もある。だがそれらすべての要素が故に、金属のピアスだけがやけに目立っていた。

人類ではない地球連邦籍の種族が、任務中も装身具を身に着けることは珍しくない。だが、キュビワノは明らかに人間だ。
眉や睫毛の色を見るにおそらく地毛だろうが、髪の色が青いことや名前からして、植民星の出身なのかもしれないが。植民星で培われた文化における装身具に関して、たとえ人類でも使用を認めることになったのだろうか?太陽系にはずっと帰っていないが、そういった変更は周知されるはずだ。
だがそんな話は聞いたことがない。それに地球連邦は植民星が分離的な行動を取るのを嫌っている。それでいて、植民星出身者からの求心力を高めようという素振りもないが。

キュビワノは日常的な自分の動作と、その装飾品が異常に注目されていることにはまったく無自覚な様子で続けた。

「こういう事は何度も聞かれてるだろうけどな。お前の経歴もここにぜんぶ載ってるからわかってる。太陽系のご立派な士官学校出身っていうのもな。そんな奴がなんの問題もないのに、こんなとこに来るわけはない。その問題がどういった種類のものなのか、おれが直々に把握しろ、というのが船長の望みだ。だから今のおれの望みでもある。どれほど面白い話か聞かせてくれ」
キュビワノは嬉しくもなさそうに口元に笑みを作った。
「犯罪歴だけは消してもらったとかいうんでも、おれには正直に言ってもらう」

「犯罪は犯してません」

キュビワノはタブレットの向こうから一瞬鋭い目つきで見返してきたが、すぐに疲れた様子で目を伏せてタブレットに視線を戻し「本当なら結構なことだ」とデータを指でスクロールさせた。
「じゃあどういった問題があるんだ、ジェームズ・ブルース士官。説明なら慣れてるだろ?その定型文で構わない。真実なら」

繰り返されている軽度の牽制と侮辱が気にならないわけではないが、この状況を何度も経験しているのは確かだ。だが”定型文”を作りあげるのは困難だった。でっちあげろというのなら別だが、好印象を与えられる余地はない。経歴がすでに最悪だ。
ただ、うまくいかないんだ。それで必ずといっていいほど交代時期に入れ替えられるんです。こんな定型文に誰が納得するというのか。

「最初の船は自分から辞めました。太陽系の範囲内の任務しか行っていなかったので、外に出たかった。次の船は問題なかったんですが、事故で船員が不足していた船に移るよう通達が来たので、強制ではないものの異動しました。それからは、船長に気に入られなくて」

最初の船と次の船の話は本当だった。だが以前にそのことを話した主任調査員からは、お前には最初から物事を続ける意思がないんじゃないか、と言われた。イノピナートゥス号の前の探査船では、経歴の序盤の詳細は語らず、曖昧な回答をした。するとそれ以上は深く聞かれなかった。船のクルーはジェームズが船に乗っている間中、任務を進めるための最低限の会話しか交わさないように注意し、常にあたりさわりのない態度で接した。なんらかの理由で階級を剥奪され下士官として配属された危険人物を、刺激しないよう気をつけているかのように。そんな状況はもう経験したくない。

「最初の船を辞めたのは馬鹿だったと思われるかもしれないが、結果的にいろいろな環境を経験しましたよ」
「船長に気に入られないってのはなんだ?」キュビワノは軽く投げかけてきた。

「長期遠距離調査船とは事情が違うかもしれませんが、探査船は休暇時にクルーを入れ替えることがあるんです。任期途中でも。1年間まともなステーションにも寄れないまま探査することもあるので、クルーの中には…」うまく出てこない言葉を繕って、絞り出す。「環境が合わなくて任期途中で辞める人もいます」

「長い調査任務に飽き飽きしてか?お前もそうなのか。そういうことを繰り返してるから人事局に最後通告を受けて、この最低ランクの調査メンバーに選ばれてしまったというわけだ。植民星を捨てて一度も見たことのない”故郷”の星系で働くために星図の端をウロついてる奴らの仲間に」
「そうじゃありません」
「じゃあさっき言おうとしてたことを言ってくれ。環境が合わないなんてつまらない言葉じゃなく事実を」

キュビワノはタブレットを机に置いてジェームズを見た。何度も見たことがある目だ。太陽系出身者というものを見る目。
キュビワノはあからさまに威圧的な態度を取っているわけではなかった。だがそれでも感じる敵意が、彼の中に刻まれているものの影響の強さを感じさせた。

「言えないようなことなのか、ブルース士官」

自分たちがもっていない太陽系の名字を強調するのは、植民星出身者がよくやる敵意の表し方だ。
ジェームズは何を繕おうが無意味だと悟った。

「探査船の中で、周囲に馴染まないクルーがいたら辞めさせるほうがいい。それがなぜか、いつも私だというだけです。私はふつうに仕事をしてるだけで、些細な事でケンカをふっかけたり、キレて人を殴ったりはしません。でも馴染まないんです、ただ。そうして入れ替えが続いたのが累積して人事局への印象が悪くなったのは確かですが、自分から勝手に辞めたのは最初の船だけです。それも褒められたことじゃないが、宇宙を見るためにそれを選んだんです」

そう言ってまっすぐ投げられたジェームズの視線をキュビワノは受け止めた。到底納得できないという顔で。事実かどうかにおいて、人物的な面において、あらゆる面で。

ジェームズはそれをはっきりと感じながら、正面を向いたままで黙った。
この瞬間がいつも一番嫌だった。
褒められたことじゃないが、なんにしても自分にはそれが出来た。
選ぶ権利があった。
あんたにはその選択肢もない。自分は腐っても太陽系出身。あんたはどこかの名前も知られていない植民星の出身。それは変わらない。
こんなものしか、植民星出身者たちから向けられる攻撃的な態度から身を守る鎧がないことが。
それにこの鎧は、太陽系出身者の前では枷に形を変える。太陽系出身者である証を求められる枷。
ジェームズにとって、自分がこれほど最低で無力に感じる瞬間はなかった。

「それで?」
ジェームズは予想外の返答に驚いた。キュビワノは今までこちらに敵意を向けていた人物とは別人のように、感情もなく問い返した。
「嫌というほど宇宙を見ただろ。選択は正しかったか?」
選択は正しかったか?

「…答えを得たかったんです。でもここはただの暗闇だ。思った以上に」
太陽系出身者には目指すべき太陽系の職務がある。ほとんど彼らだけが享受できる職業。人生。それを追い求められるなら、それに適合するなら、どれだけいいか。
植民星出身者が享受できる人生は、ほとんどの植民星出身者が望まないものだろう。でもそれを捨てて、あがくことが出来たら、別の人生を追い求められたら、そのほうが幸せなのだろうか。
ジェームズは口にできない問いを目で訴えるように、目の前の男の顔を見てしまった。ほとんど無意識にそうしてしまっていた。

インダストリアルピアスに伸ばそうとした手をふととめると、キュビワノはゆっくり息を吐きながら自分の船室に視線を漂わせた。代わりに目の前の視線を受け止めてくれる存在を探すように。エアロックからこの部屋においての出来事も関係はしているが、それ以外の、明らかにジェームズの与り知らない部分からの疲労を抱えきれなくなったように見えた。
探査船の主任調査員室や船の内部に必ずある太陽系の星図は、この主任調査員の部屋にも備え付けてあった。だがその取り外すことのできない星図以外に、太陽系の惑星や衛星の鮮明な姿を映したホログラフィックイメージボードが2枚飾ってあった。望んで飾られたものに違いないが、ホログラフィック生成装置はほこりをかぶっている。

「最長任務期間がたしか2年だったな。探査船は」

キュビワノは同意を求めるでもなくそう言った。ジェームズがホログラフィックイメージの存在を知ったことに気付きながら、うろたえることもなく平静なままで。

「うちは過去に2年間、惑星間連合管理下の宇宙港に立ち寄ることなく、未知の補給ステーションを利用しながら地球連邦星図外縁部(アウトスカーツ)の調査をした。1年間まともなステーションに寄れないまま探査するなんて、ふつうのことだ」

そう言って立ち上がると、狭い船室でジェームズの横を通り過ぎてドアを開けた。初対面の壁を破って溢れ出してきた疲労の色は、もうすでにどこかへ押し込められたようだった。

「ここでは馴染む努力をしたほうがいいぞ」
ジェームズはドアの横に立つ主任調査員の姿からそれ以上なにか読み取ろうとするのはやめて、部屋を出た。
それから船内を案内されたが、主任調査員と新人のツアーが楽しそうでないのは傍から見ても明白だった。他のクルーたちの目にそれがどう映ったかについて、ジェームズはあまり考えたくなかった。

 

 

James & Faiyu Qarun scene from “God’s Warrior”

 

護衛らしく一切愛想がない男には鍛えた体のあちこちに傷があり、異星の太陽の光に焼かれた生きる血の通った色味があった。
この惑星に来てから飽きるほど感じている自分の”太陽系育ち”の軟弱さを再度認識しながら、ジェームズは護衛が静かに開けた扉から中に入り、一面砂色の景色から逃れた。

玄関の扉の向こうはひどく天井が高い一本の通路になっていた。外観で2階建てかと思ったが、2階部分と思われた位置まで天井が伸びている。大きな窓から太陽光は取り入れられているが、外の砂漠の眩しさに比べれば光の量は抑えられている。それらすべてが、この通路の堂々とした静けさを作り出していた。
通路の突き当りには暗赤色の厚い布の幕で仕切られた出入口があった。近くで見ると金の刺繡が施されていて、その境界が重要なものであることを主張している。ジェームズが横目で見ると布の横の壁にはセンサーが組み込まれていて、不適切な訪問者を拒絶する用意があることもわかった。
そわそわとしているジェームズの前に護衛の男が進み出て「地球連邦軍の士官が通信障害の件で来ました」と中へ向けて言った。通せ、と声が返る。護衛は幕を開けた。

暗赤色のガードが開けると、やはり通路と同じくらい高い天井をもつ部屋が現れた。調度品が揃っており、そのどれもが本物の革や木材を使ってあるように見える。どこを見ても贅沢な空間のなかに、目的の人物は居た。
ジェームズはセンサーを通り抜け、部屋に入った。
「失礼します、ミスター・ファイユー・カールーン。データを持ってきました」

木製のデスクのそばに立っていたアズラク人の外交官が顔を上げた。孔雀石や方鉛鉱を模した青緑や黒の顔料で縁取られた目が、ジェームズを見た。
外交官という肩書には似合わない目だ。逆にこちらが命を奪われてしまいそうな、決して狩られることのない獣のように生命的な目だった。
照りつける陽光の下でペレグリーノと話しているときは距離も遠くて判別できなかったが、今こちらに向けられたその瞳の色は氷のような冷たい青色であることを、ジェームズは認識した。この惑星に馴染む色ではない。
その瞳だけでなく、白いチュニックや純金の首飾りが、この人物がギシュたちと別の世界の人間であることを示している。
にもかかわらずその風格が、この見るからに格式高い部屋にぴたりとはまっており、ジェームズは視界のかたちに描きあげられた絵画を見ている気がした。

ファイユー・カールーンが青い瞳を護衛に向けてうなずくと、護衛は出入口の幕を閉めた。高い天井に近い位置にある窓から差した光はあったが、自然の光源が減って周囲がわずかに暗くなる。仕切られた空間の向こうで足音が遠ざかっていかなかったので、護衛は幕の外で待っているのだろうとジェームズは思った。

「要請された資料も含めて、すべてこの中に入っています。このタブレットをアトバラ滞在中お貸ししますので、こちらを使っていただければ通信にも問題ないかと思います」

ジェームズの声が閉じられた空間に控えめに響いた。中は外より断然涼しいが、それでもまだ暑さは感じた。だがファイユーの肌に汗はにじんでおらず、ジェームズは急に自分が汗をかきすぎているような気分になった。
それでなくても体に悪いんだが、とジェームズは思った。ペレグリーノと会っていたときの赤いガウンは椅子にかけてあった。チュニックから露出した腕に、装飾品と思われる革と金属で飾られた手首までの籠手をつけている。護衛の男がつけていたのとは実用性が違う趣だ。それはいいとして、外交官はかなりの美形だった。口元には意味深長な微笑が浮かんでいる。体格全体から受ける印象は、身軽でしなやかで健康的だ。

そんな人間と一対一になるなら先に教えてくれればいいものを。せめて、涼しいところで休んでからここへ来たかった。ジェームズは無意味で無関係な思考に時間を浪費した。

「数回通信が成功しなかったからといってそちらの機器を差し出されると、あまり納得できないな。申し訳ない。きみが来てくれたことは嬉しいんだが」
笑みを崩すことなくそこで言葉を切ってしまった外交官に、ジェームズはなんとか表情を変えずに、食い下がった。
「通信状況の改善には取り組んでいます。しかしいつ整うかわからないので、その間だけでも…」
「きみは技術者ではないんだね?」

今度はすこし眉を動かしてしまった。ジェームズは、環境調査船のみじめな、という言葉を心のなかでつけてから答えた。

「調査員です。星図作成と、惑星の基本的な環境データ収集まで全般的に」
「そしてアトバラ人の船に乗ってここへ来た唯一の地球連邦軍士官だったな。大変な道のりだったと聞いたが。なぜだか知らないが尋問はすぐ済んだようだな。きみがここでこうしているという事は。だが技術者でないのなら、どうしてこんな使い走りの任務をやらされている?」
ファイユーははじめて顔から笑みを消した。だがジェームズが口を開く前に外交官は続けた。
「通信機器を一つ渡すのにペレグリーノ外交官に来てくれなどとは言わないよ」そう言ってまた穏やかな表情に戻った。
ジェームズはデスクまで距離をつめてタブレットを差し出した。

「ご理解いただけているのなら、受け取ってくださると有難いのですが」

皮肉まじりの言葉は言い終わった瞬間に後悔したが、この外交官ならそういったことは咎めない気がした。だがアズラク人のことは知らないのになにを根拠にそう言えるのか。アズラク人だって、外交団を都市に受け入れないほど地球を毛嫌いしているじゃないか。
タブレットが自分のほうへおだやかに押し返されるのを感じながら、その事実より、わざわざ自分の腕に触れている外交官の手の感触が気になった。

「きみが毎回わたしにデータを届けてくれないか。わたしは今現在の地球や太陽系のことをもっと知りたいと思っている。だがペレグリーノ外交官とはアズラクやアトバラという言葉を含んだ会話しか出来ないのでね。きみは違うだろう?」

このままじゃ外交団から追放される。ジェームズはそう思いながらファイユーとその手を交互に見て、適切な言葉を探した。

「でもそこまできみを侮辱するわけにはいかないな。問題が解決するまでの間だけ、これを預かる」

そう言ってファイユーはジェームズに触れていた手でタブレットを受け取り、また穏やかな笑みを浮かべた。アトバラの船で一人この惑星に来た地球人になにも探りを入れない訳はないし、地球人の言いなりになるためにここへ来たわけでもない。
それがはっきりとわかる笑顔だった。
この男の魅力がなければ、恐ろしく感じただろう。その魅力がなによりも危険なのかもしれないが。

この笑顔と、ペレグリーノ外交官の職業的愛想の良さと、そんなことをまったく気にかけないであろう黒い装束の男が一つの部屋にいる光景は、どんなものなのだろう。
ジェームズは目の前の男になんとか表情を繕った。鏡を見ないと確実なことは言えなかったが。

「では失礼します」
「ありがとう、ジェームズ」

名前ももちろん知られている。名乗らなくとも。

足早に通路へ出て護衛に先導されながら大きく深呼吸し、玄関の扉を開けて外の熱気の中に出た。
そこにギシュ・アルカマーニーが立っていて、ジェームズは玄関の前で硬直した。

「どいてくれ、調査員」

ファイユーと同じく黒い顔料で縁取られた目は、強い陽光の下で細められていた。額や、頭部から首に巻いた布の隙間に見える首筋には汗が浮かんでいる。

「あんたも呼ばれたのか」

気まずさを紛らわすためもあってそう言いながらジェームズが脇へどくと、アトバラ人は視線をこちらへ向けただけで建物の中へ消えた。

「きみたちは気が合いそうだ。同じ兵士だしな」
ジェームズは相変わらず真面目くさった顔をしている護衛の男に言った。
「私はファイユー様の護衛で、彼はベイズの戦士だ。同じではない」

無愛想な内容はともかくジェームズは言葉が返ってきたことに内心感謝し、それ以上は喋らない護衛の無言の要求に応えて立ち去った。

 

 

投稿者: Ugo

Eager for the world of other sun.